トランプ米大統領が選挙中から主張し続けていたメキシコとの国境に「壁」を作る計画、いわゆる「トランプの壁」。選挙期間中は、パフォーマンスとしての発言と見られていたのですが、大統領就任後も「メキシコに費用を負担させて壁を作る」と繰り返し、ついにはメキシコからの輸入品に課税するという発言まで飛び出しています。静岡県立大学グローバル地域センター特任助教の西恭之さんは、軍事アナリスト・小川和久氏の主宰するメルマガ『NEWSを疑え!』の中で「あの壁が完成する可能性は限りなく低い」と断言。その根拠を様々な視点から検証し列挙しています。

実現可能性から「トランプの壁」を眺めると…

トランプ米大統領が、メキシコとの国境全体に壁を築くとの大統領令に署名し、建設費をメキシコに負担させるという当選前の発言を繰り返したことを受けて、メキシコのペニャ・ニエト大統領は1月28日、トランプ氏との首脳会談を中止した。トランプ氏はその後、壁の建設費にあてるため、メキシコからの輸入品に課税する考えを示した。

しかし、そのような課税は世界貿易機関(WTO)協定違反であり、米国が実施した場合、メキシコは米国製品のコピー商品の取締りを中止するなどの報復措置が可能となる。メキシコがWTOに提訴すれば、ここでまずトランプ大統領の「壁」は第一の躓きに直面することになる。

壁そのものについても完成する可能性は高くない。メキシコとの国境全体に壁を築くことは、費用と期間がかかる割に、密入国や麻薬密輸を阻止するうえで、既存のフェンスを上回る効果は期待できない。トランプ氏が、壁の建設費をメキシコに払わせることにこだわっているのは、国境全体の壁の建設費を米議会が支出する見込みはないと理解しているからかもしれない。

米国とメキシコの陸上・河川国境は3144キロに達するが、トランプ氏が1月25日の大統領令で定義した「壁」、つまり「警備され、切れ目がなく、通り抜けることのできない物理的障壁」は1キロもない。

一方、米国はメキシコ国境のうち1130キロに各種のフェンスを設置している。大部分は2006年の「セキュア・フェンス法」制定後に設置された。

歩行者用フェンスは、市街地や道路に近い合計619キロ以上の区間に、さまざまな種類のものが設置されている。深さ1メートル以上の基礎の上に、高さ6メートルの鉄格子が立てられ、それが警備用の道路をはさんで二重に立っている区間もあれば、ワイヤーカッターで簡単に切断できる金網フェンスの区間もある。

車両用フェンスのほうは、高さ1メートルほどの障害物で、人間なら簡単に乗り越えることができるが、密入国者が国境から歩いて米国の市街地や道路にたどり着くことが困難な砂漠など、合計484キロ以上の区間に設置されている。

既存のフェンスはトランプ氏の言う壁に該当しない。トランプ氏は、「高さ35‐40フィート(11-12メートル)のプレキャストコンクリートの壁は、建設費約80億ドル(9200億円)」と言ったこともあれば、壁の高さを「65フィート(20メートル)」と言ったこともある。また、トランプ氏は、自らの考えを「フェンス」と表現した記者に対し、「本物の壁を築く」と訂正している。

トランプ氏が挙げる建設費の数字は、プレキャストコンクリート業界団体が示したものだが、壁を築く場合の工費のごく一部でしかない。これまで車両用フェンスも設置されていない区間では、まず現場へ部材を運ぶための道路から整備する必要があるし、そのような区間には山地など道路工事が困難な地形が少なくないからだ。

国境から米国の道路まで歩いて1日以上かかるような区間では、鉄塔上のセンサーや、無人航空機の定期的なパトロール飛行で密入国者を発見してから、国境警備隊が最寄りの道路で待機すれば、身柄を確保することができるので、フェンスは設置されていない。

米・メキシコ国境の東部の64パーセントは、リオグランデ川の川底の最深部を結ぶ線(谷線)だが、米国側の岸辺に壁を築くと、米国側の住民はリオグランデ川の水利を利用できなくなってしまう。リオグランデ川の一部は、両国が利用しているダムであり、壁の建設は非現実的というほかない。

トランプ氏は、メキシコとの国境の壁が「トランプの壁」と呼ばれるようになってほしいと言っているが、密入国者が「トランプの壁」を乗り越えれば、トランプ氏は面目を失う。

米政府が、隙のない工法と監視システムについて、建設業者に情報提供依頼書と提案依頼書を提出しながら、地権者と交渉し、反対派と法廷で争っているうちに、2018年の米議会中間選挙が過ぎ、2020年の大統領選挙が迫って来るだろう。

このように考えると、「トランプの壁」が完成する可能性が限りなく低いことだけでなく、トランプ大統領がどのような言い訳をするかに世界の注目が集まることは避けがたくなる。(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)

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『NEWSを疑え!』著者/小川和久(軍事アナリスト)
地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

出典元:まぐまぐニュース!