無料メルマガ『山久瀬洋二 えいごism』では、英語のエキスパートの山久瀬さんが、海外のメディアで報じられたニュースなどをタイムリーに解説します。今回のテーマは、日本が受け入れて今年で72年がたつ「ポツダム宣言」についてです。

受諾してから72年「ポツダム宣言」

今週のテーマは、「日本を朝鮮半島のような分断から救った『ポツダム宣言』」です。

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【海外ニュース】
We do not intend that the Japanese shall be enslaved as a race or destroyed as a nation, but stern justice shall be meted out to all war criminals, including those who have visited cruelties upon our prisoners.
The Japanese Government shall remove all obstacles to the revival and strengthening of democratic tendencies among the Japanese people. Freedom of speech, of religion and of thought as well as respect for the fundamental human rights shall be established. 

訳:
我々は日本人を奴隷化し、日本という国家を破壊する意図はない。しかし、我々の捕虜に残忍な行為を行った者を含む戦犯は裁かれなければならない。そして日本政府は民主主義を復活させ、それを日本国民に徹底するための障害物を取り除かなければならない。言論や信仰、思想信条の自由、同時に基本的人権が尊重されなければならない。
(ポツダム宣言より) 

 

【ニュース解説】

夏がくると、第二次世界大戦で日本が降伏したいきさつについて毎年のように様々な報道番組が組まれます。日本がポツダム宣言を受け入れて無条件降伏をしてすでに72年という年月が流れています。

明治維新から日本の近現代が始まったとするならば、明治維新から第二次世界大戦の終結までが77年です。

まさに、1945年8月15日は、日本の近現代史の折り返し点ということになります。

ここで改めて、第二次世界大戦がどのような戦争だったのか考えてみましょう。それは軍国主義に染まった日本とドイツ、そしてイタリアという3カ国と、その他の国々との戦いであったというのが一般的な見方です。

しかし、世界にはもう一つの対立項がありました。

それは、第一次世界大戦当時から続いていた共産主義勢力と他の国家との緊張でした。

ソ連に代表される共産主義国家は、既存の国家観を否定し、立憲君主制や議会制民主主義を労働者が主体となった独裁体制に変えて行こうというスローガンによってできあがった国家です。

従って、多くの国々は、共産主義勢力の伸張に神経をとがらせていたのです。

戦前、イギリスなどは資本主義体制を維持するためには軍国主義勢力との妥協も必要だと考えていました。

つまり、世界史的にみれば、軍国主義国家は、従来の資本主義社会から生まれた癌細胞だったのです。

ですから、癌細胞を取り除く手術のために、アメリカもイギリスもソ連という共産主義の超大国の力を借りたものの、そのことによってソ連の影響力が癌細胞を除去したドイツや日本に及ぶことには強い警戒感をもっていたのです。

そして大陸国家であるドイツでその懸念が現実のものとなりました。

ヨーロッパ戦線の最終段階でソ連がベルリンまで侵攻し、その結果ドイツはアメリカやイギリス、フランスといった資本主義勢力とソ連との間で分断されてしまったのです。

ポツダム宣言は、そうした緊張の中で、戦争を継続する日本に向けられて発信したメッセージだったのです。

ポツダム宣言は、アメリカとイギリス、そして中国の連名によって、日本に通告されましたが、その内容のほとんどはアメリカ政府内部で検討され、作成されました。

すでに連合国の間でソ連の参戦の密約が交わされていたなか、本土決戦まで戦争が引き伸ばされることで、ソ連が北から日本本土に侵攻してくるリスクを想定しなければなりませんでした。

さらに日本国内での執拗な抵抗にさらされた場合の犠牲の大きさにも、アメリカは気づいていたのです。

日本は当時ソ連に戦争を終わらせる仲介を依頼していました。

もちろん、アメリカはそのことにも気づいていました。

であれば、ソ連の影響が少ない間になんとしても日本を降伏に追い込み、日本国内から軍国主義という癌細胞を取り除かなければなりません。

癌細胞の除去ができれば、日本は敵ではなく、友好国になるからです。
ポツダム宣言はこのぎりぎりの段階での通告だったのです。

ポツダム宣言を黙殺した日本にアメリカは次の矢を放ちます。

原爆投下です。

そして、ソ連も日ソ中立条約を破棄し北方から侵攻をはじめます。

日本はソ連に占領された場合、天皇制の維持も不可能になることを懸念しました。

ポツダム宣言は、アメリカの知日派によって、発表された無条件降伏の勧告ですが、そこには天皇制存続の可否については触れられていません。意図的に触れないことで、日本政府に国体を維持することをほのめかしたのです。

この隠されたメッセージに日本側は期待し、原爆の投下とソ連の参戦を受けてポツダム宣言を受諾したのです。

日本にせよ、アメリカにせよ本当の脅威は、ソ連だったのです。

このアメリカと日本との阿吽の呼吸による駆け引きで、日本はドイツのような分断国家にならずにすんだというわけです。
しかし、日本の植民地であった朝鮮半島には、参戦してきたソ連軍が南下し、戦後アメリカ側との間で分割統治が行われます。日本のかわりにドイツのように分断されたのは、皮肉なことに朝鮮半島だったのです。

ポツダム宣言を受諾した日本は、その後アメリカ主導の占領を受け入れ、その指導のもとで、戦犯が処罰され、日本国憲法が発布されます。

日本国憲法はポツダム宣言の骨子を取り入れて作成されます。

一方分断された朝鮮半島では、ソ連に支援された朝鮮民主主義人民共和国が大韓民国に侵攻し、朝鮮戦争がおこります。それは甚大な犠牲を朝鮮半島にもたらし、その後も緊張が続いたまま現代に至っていることは周知の通りです。

皮肉なことに、朝鮮戦争で日本はアメリカ軍の補給基地として産業が復興し、その後の高度成長のきっかけとなります。

こうして考えると、ポツダム宣言が日本の戦後史の出発点となったことがよく理解できるのです。

 

image by: Wikipedia

 

『山久瀬洋二 えいごism』

著者/山久瀬洋二(記事一覧/メルマガ)

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出典元:まぐまぐニュース!