トランプ氏がアメリカにもたらした深刻な「分断」は、新政権の対中政策までをも困難なものにするようです。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では、著者で「Windows 95を設計した日本人」として知られ、新世代プレゼンツール『mmhmm(ンーフー)』の開発にも参加している世界的エンジニアの中島聡さんが、トランプ氏が取り続けてきた「分断の手口」を改めて詳細に振り返るとともに、米国人の実に4割が、トランプ大統領が作り出した「現実歪曲空間」の中にいまだにすっぽりと包み込まれていると指摘。その上で、分断の続くアメリカが一枚岩である中国と対峙するのは容易ではないとの見解を示しています。

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トランプ氏の現実歪曲空間

これまで、私はスティーブ・ジョブズの現実歪曲空間と呼ばれる力についてなんどか触れてきましたが、今回はドナルド・トランプ氏もそれと似たような力を持っているという話です。

スティーブ・ジョブズはたぐい稀なプレゼン力・説得力を持ち、その力を最大限に利用して優秀な人物を集め、協力者を集め、投資家から資金を集め、Appleを成功に導きました。彼が話すと不可能なことが可能に思えてしまい、それを信じて彼に協力する人がいるからこそ、それが可能になる、ということが何度も起こったのです。

私は、こんな力こそ起業家には必須だと考えています。会社のビジョンを熱く語れるリーダーがいてこそ、優秀な人が集まって必死になって働き、不可能を可能にしてしまうのです。

政治家にもそんな力を持った人がたまに現れます。日本で言えば、田中角栄が良い例です。

日本列島改造論という壮大なビジョンを掲げ、国を一つにまとめて、日本列島全体に高速道路や新幹線を張り巡らせるという大計画を進めることに成功しました。私も子供のころに彼のスピーチを聞いたことがありますが、力強く明確で、説得力に溢れるスピーチだったことを覚えています。

しかし、そんな力が悪用される場合もあります。典型的な例が、ドイツのアドルフ・ヒトラーです。

ヒトラーは、全世界を第二次世界大戦へと導き、ユダヤ人の大虐殺を引き起こした「極悪の独裁者」として知られていますが、彼を首相に選んだのはドイツ国民なのです。

ヒトラーは、第一次大戦後の不景気に困窮するドイツ国民の心を熱いスピーチで捉えて選挙に勝ち続けましたが、そこには綿密な計画があったことが、ヒトラー自身が著した『我が闘争』に書かれています。

彼は「大学教授に与える印象によってではなく、民衆に及ぼす効果によって演説の価値が量られる」と考えていたそうです。小難しいことを言うよりも、分かりやすく、人を熱くする言葉を繰り返す方が、はるかに効果があるのです。

ドナルド・トランプ氏のスピーチは、ヒトラーのスピーチに通じるところがたくさんあります。

「メキシコとの間に壁を作る」「移民を排除する」「中国は泥棒だ」「地球温暖化は嘘だ」「石炭の採掘を再開する」と行ったり、新型コロナウィルスのことを「チャイナ・ウィルス」と呼んだりという発言です。

これらの発言は、ある程度教養のある人たちにとっては「短絡的で稚拙ででたらめな」発言でしかありませんが、一部の人々にとっては、スティーブ・ジョブズの現実歪曲空間以上の影響力を持つのです。

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その人たちとは、米国にまだたくさんいる白人労働者階級の人たちです。

この階級は、米国が自動車産業を中心に急成長をしていた時に作られた製造・製鉄・炭鉱・運送などで働く人たちから構成される中産階級ですが、多くのものが海外で作られるようになるにつれ、縮小し・弱体化し、次第に下層階級へと押しやられてしまったのです。

西海岸のエリートたちからは、「レッドネック(日焼けした首)」と蔑まされている人々です。

同時に米国では、メキシコから大量に来ている移民が、喜んで最低賃金で働くため、それが白人労働者たちの賃金に下向きの圧力をかけているという事実があります。

彼らの多くが大学の卒業資格を持たない保守的なキリスト教徒の白人で、民主党が推し進める、同性愛結婚や人工中絶の自由化には反対の立場をとっています。

本来ならば、彼らを守るべきなのは、資本家よりの共和党よりも労働者よりの民主党であるべきなのに、同性愛結婚や人工中絶などの文化的な面で対立してしまっている上に、民主党が地球温暖化対策のような、重要だけど短期的なメリットが見えにくい問題に力を入れていることが重なり、彼らの中に「民主党は西海岸のエリートのことばかり見ている」という印象を植え付けてしまったのです。

この状況に目をつけたのがドナルド・トランプ氏だったのです。

トランプ氏は、「メキシコとの間の壁」「移民の排除」「地球温暖化は嘘」などの、分かりやすいメッセージで白人労働者階級の心をしっかりと掴み、彼の熱烈なファンにすることに成功してしまったのです。

同時に行ったのが、Facebookなどのターゲット広告を巧みに利用した民主党と(対立候補の)ヒラリー・クリントン氏に対する徹底的なネガティブ・キャンペーンで、それにより、2016年の大統領選に勝利を納めたのです。

2020年の大統領選では、バイデン氏に敗北してしまいましたが、2016年と同様の選挙活動を、現職大統領という地位を最大限に活用して行ったため、トランプの主たるサポーターである白人労働者階級はトランプ氏をより崇拝するようになり、かつ、「民主党が政権を取ると米国は社会主義になってしまう」というデマを信じるようになってしまいました。

さらに彼らは、トランプ氏がひたすら言い続けた「バイデン陣営は不正選挙によって選挙に勝った」という主張を頭から信じており、それが議事堂への乱入事件へと繋がったのです。

そこまでトランプ氏を熱烈に崇拝する人は、米国の人口の2割程度だと思いますが、民主党を嫌悪するまでに洗脳されてしまった人も含めると、米国の人口の4割近くの人たちは、トランプ大統領が作り出した「現実歪曲空間」の中にいまだにすっぽりと包み込まれているのです。

バイデン氏は、トランプに票を入れた人々も含む、全ての米国人の大統領であることを就任演説で宣言しましたが、その言葉がトランプファンの心に届いたとは私に思えないのです。

トランプ氏が作り出した、この「保守・リベラルの分断」は、COVID-19が助長した「貧富の分断」と共に、バイデン政権による国の運営を難しくすると見て間違いないと思います。

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民主党は、2度目の弾劾裁判によりトランプ氏を公職から追放しようとしています。それは表面的にはトランプ氏の再選を拒む良い方法に思えますが、それは、分断を一層深めるリスクが大きい両刃の剣なのです。

ここからは、米国は、世界の覇権を目指す中国の脅威と上手に戦う必要がありますが、民主主義故に分断されてしまった米国が、共産党下で一枚岩である中国と戦うのは容易ではないと私は思います。

バイデン政権は、地球温暖化対策や対イラン政策に関しては、トランプ政権と大きく違うスタンスで望むことになりますが、対中国政策に関しては、さらなる緊張状況が続くと見て良いと思います。

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