世の中には、一般のメディアではなかなか扱いきれないような情報や写真が数多くあります。また、海外の文化、風習、治安、国際関係を知らずに海外に出てしまい、危険な目に遭う日本人も多いようです。コロナ禍が明け、世界中を旅するようになったとき、私たちはどうやって現地の情報を知れば良いのでしょうか。世界93ケ国を訪れた経験を持ち、元大手旅行会社の社員として世界中に駐在してきたメルマガ『大川原 明の「アキーラ海外見聞録」』著者の大川原明さんは、3月に創刊したばかりのメルマガで、自ら訪れたという北朝鮮政府が世界各地で直営するというレストランを現地ルポ。そのほか、西日本周遊計画、タイに残る旧日本軍敷設橋など、世界を股にかけてきた大川原さんならではの視点で、見たこともない世界へ私たちを案内してくれます。

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1. 世界各地にある北朝鮮政府直営レストラン

日本の隣国、北朝鮮。日本とは近くて遠い国。核開発や北朝鮮による日本人拉致問題など双方にとって仮想敵国状態の関係。日本人が北朝鮮に行く場合のルートは中国経由や日本国内にある同胞の代理店を通して、北朝鮮に渡る事も可能ですが、日本人としては危険性もあるのが実情。

現在、日本と北朝鮮は国交を結んでいません(正確にいうと日本をはじめとした28か国は北朝鮮を国家承認していない)。日本人からしたら鎖国を敷いているという印象が強いのですが、以外にも国交を結んでいる国が多いのが実情。160か国近い国々と形式的に国交を結んでいるのですが、これはあくまで形式的なもの。

通常、国交のある国であれば、その国に大使館、領事館を設けるのが常ですが、北朝鮮国内にある外国の大使館は2021年現在、13か国のみ。これは北朝鮮による核開発やミサイル発射、拉致問題などを危惧して、近年、多くの国々が北朝鮮と国交を断交ないし、形式的な国交に留めようとする国々が増えているのが実情です。

冷戦下において、北朝鮮は、旧ソ連や中国、東欧、旧ユーゴスラビア、キューバなどの共産社会主義国とは同じ政治体制を持つ国々として、強いつながりがありました。旧ソ解体によりソ連構成国が分離独立。旧ユーゴスラビア解体、東欧の民主化が続き、共産社会主義陣営の崩壊。中国共産党は天安門事件などの民主化運動を弾圧し、北朝鮮は世襲制により体制を維持。現在に至ります。

かつての北朝鮮は南(韓国)よりも経済発展していたのですが、政治体制、経済施策の失敗などにより、世界でも貧しい国の1つとなっています。そんな北朝鮮の貿易、輸出品は石炭や鉄鉱石、タングステン、マグネサイト、銅、コバルト、鉛、亜鉛を含めた鉱物資源。採掘する設備が旧式でインフラが整っていないために、生産量は高くないです。

他に食料や繊維、織物、衣類、機械類、金属製品などを輸出。日本との貿易はないと思われがちですが、過去に日本との輸出入がおこなわれており、日本は主に魚介類や松茸、衣類などを輸入していました。北朝鮮拉致問題、核開発での経済制裁により厳しくなった現在においても、中国経由で北朝鮮の産品が入ってきているのが実情です。

外貨獲得のためには手段を厭わず、銃などの小火器やミサイルなどの兵器、偽札、麻薬、偽ブランド品などの輸出。そして、他国への出稼ぎ。給料から天引きする形で北朝鮮政府が外貨獲得。かつて、ロシアや中国、旧東欧諸国、中東諸国などへの出稼ぎも積極的におこなわれていたのですが、2017年9月に北朝鮮が弾道ミサイルの発射、核実験をおこない、国連安全保障理事会が北朝鮮に対する経済制裁を決議。その後、北朝鮮への締め付けが強くなり、査証発給をやめる国が増えました。

そして、貴重な外貨の獲得源として海外に設けた北朝鮮政府直営レストランがあります。一時期、世界に130程の店舗を展開しており、貧しい北朝鮮とっては貴重な外貨獲得源。そのうちの100店舗程が、友国である中国に。他にタイやベトナム、カンボジア、マレーシア、モンゴル、カンボジア、インドネシアのアジア諸国。他に中東ドバイ、欧州ではオランダ、オーストリア、ロシアなどにも出店。

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タイ・バンコク市内、スクンビット大通りソイ26にある店舗

国連による制裁決議以降、国連によって実施される経済制裁や国際情勢に左右されて閉店、開店を繰り返しています。小生は、その中でベトナムのホーチミン、バングラデシュのダッカ、タイのバンコクの店舗を潜入調査した経験があります。北朝鮮政府直営レストランの名前は様々あり、平壌やアリラン、三千里、高麗、牡丹などの名前で営業。

店舗により店の規模や従業員の数、所謂、北朝鮮の女性による演奏や舞踊があるか否か、料理の品が変わります。ただ、共通しているのは基本的には、従業員は女性が多数をしめるという点。店を取り仕切るマネージャーは30歳前後。給仕する女性従業員は20前半〜半ば程。北朝鮮レストランで働くためには、様々な選考基準があるのでしょうが、容姿、学歴、語学力は選考基準になっているというのは彼女達と接して分かりました。

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注文したビビンパ

日本は仮想敵国ではありますが、外貨獲得のために日本語メニューを用意し、日本人だと聞いても嫌な顔をせずに接客してくるところは、しっかりと教育、訓練されていると実感しました。アジア内の発展途上国にある店舗は、現地人ではそれなりにお金がないと来る事が出来ない価格設定。利用者は、韓国人中心で、北朝鮮の人間もおり、日本人や現地人、現地在住の外国人も利用しています。

日本は仮想敵国ではありますが、外貨獲得のために日本語メニューを用意し、日本人だと聞いても嫌な顔をせずに接客してくるところは、しっかりと教育、訓練されていると実感しました。アジア内の発展途上国にある店舗は、現地人ではそれなりにお金がないと来る事が出来ない価格設定。利用者は、韓国人中心で、北朝鮮の人間もおり、日本人や現地人、現地在住の外国人も利用しています。

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北朝鮮の女性従業員に依頼して撮影した1枚

大きな店舗になると、定時になり、北朝鮮の従業員による歌と舞踊が披露されます。客が少ない場合は中止になりますので、どうしても見たい場合は週末のほうがよいでしょう。バンコク市内には最大で3店舗あったのですが、この店舗が最大の店舗でした。その後の国連による圧力強化やうまいように集客できなかった点、新型コロナ禍で打撃を受けた点からバンコクから撤退。

ちなみに、タイ人も北朝鮮により拉致されています。北の核開発やミサイル発射もあるため、タイ人の北朝鮮に対する心情も良好ではなく、恐い国と思う人々が多くいるのが実情。そういったこともあり、タイ人の間で利用者が少なかったのが実情。

バンコク市内の上記店舗では、2019年春にこの店の常連の日本人に女性従業員が北朝鮮外務省のディレクターを名乗る男性を紹介し、中国産と偽装し、北朝鮮産の密輸を持ち掛けられた店舗。北朝鮮の外貨獲得機関『朝鮮労働党39号室』管轄の日本向け海産物の管理をしている大径指導局の人間と推測されます。

2017年2月にマレーシアのクアラルンプールで金正男暗殺事件が起こりましたが、北朝鮮レストラン高麗館 の従業員が絡んでいたというのは裏の情報から伝えられています。その後、高麗館は閉店。このように北朝鮮直営レストランは密輸やスパイの拠点としても使用されています。

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2. 西日本周遊計画に関して

色々と処理が多くあり、西日本周遊開始を遅らせていましたが、そろそろ西日本周遊開始しようと思っています。世界一周本もですが、日本一周本も出していくのでその題材集め。WEB系媒体でも記事化。こちらのメルマガでも紹介していきます。

現在46都道府県訪問済みで、佐賀県以外は訪問済みですが、例えば長崎県は対馬だけ、山口県は下関だけなど触り程度しか訪問していませんので、東日本周遊と同じく、未訪問都市や未訪問地中心に西日本周遊していきます。

長期留学(英語習得)や駐在などで国際的に活動してきた小生(ここ20年のうち半分近くは海外)ですが、日本の事を知らずに海外に出ている日本人は結構います。勿論、小生は一人の純血日本人として日本を憂い、日本の伝統文化や歴史を熟知した上で海外に出て、外国人に日本の良さを伝えています。

そんな小生でもまだまだ日本の事を知らない事は多くあり、東日本周遊で初めて知った事が結構あったように、西日本周遊でも日本とは、日本人とは何のかを追求していきます。

日本民俗学の開拓者である柳田國男が、「日本人とは何か」という問いの答えを求め、日本列島各地や当時の日本領の外地を調査旅行したように。

今月下旬〜来月に出発予定ですが、期間は2か月程。

北海道は2か月、東北&北陸で周りましたが、2か月で西日本を合わせて半年ほど。今まで行った日数を含めて総日数は1年程か。

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行程は上記図のように

浜松から車で西に向かい滋賀県に。滋賀県は大阪や京都に行く際に通過の県でしたので、まずは滋賀県を周遊。

大阪や京都は50〜60回ずつ。奈良は10回程。これら3県は殆どの場所を訪問しているので、省きます(大阪に仲の良い友人がいるので大阪に泊まりたいが、感染者が多い大阪なので避けます)滋賀県から感染者が多い大阪や神戸などを避けて、淡路島に。

淡路島から人生2回目の四国入り。徳島⇒香川⇒高知⇒愛媛県。

前回の四国&九州周遊時と同じく、愛媛の宇和島の八幡浜からフェリーで豊後水道を渡り、大分県臼杵市に。大分⇒宮崎⇒鹿児島⇒熊本⇒佐賀⇒長崎⇒福岡(感染者増えればやめる)⇒山口県⇒広島県⇒7年半ぶりの山陰(島根県、鳥取県)再訪は検討中。岡山県⇒日本海側⇒兵庫県丹後地方⇒京都の舞鶴などの日本海側⇒福井⇒石川県、金沢は昨年12月以来3度目、能登半島先端(珠洲)へ。

金沢から岐阜県に下り、岐阜で訪問していない場所を訪問し、愛知通過し浜松に。

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3. 手厚くもてなされた日本兵!?タイ・クンユアムのタイ日友好記念

クンユアムはタイの北部にあるミャンマー(旧名ビルマ)との国境地帯にある小さな町です。タイ北部のミャンマーとの国境地帯は、かつて日本軍の第15軍の部隊が駐留していました。

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写真は、タイとミャンマーの国境地帯。険しい山々が連なる

クンユアムは、メーホンソーンの南、約65キロの場所にあります。先の大戦時、日本軍が駐留し、日本兵と現地タイ人の深い交流が結ばれた町。

前述した、インパール作戦敗退により、多くの日本兵がビルマで亡くなりました。戦争末期に多くの日本兵がビルマ国境から、同盟国であったタイに敗残兵として逃れてきました。その行程でコレラや飢え、傷病で亡くなる日本兵がかなり多くいたのは事実。

かつて駐留していたクンユアムを目指し、敗残兵と化した日本兵。インパールからの敗走路は、行き倒れた日本兵の遺体が散乱し、白骨街道と呼ばれました。国境地帯では今もなお多くの日本兵の骨が埋まっているとのこと。

無事に辿りついた日本兵は、クンユアムの人々から治療、看病、食料や衣服提供などを受けました。

敗残兵といえば、極限状態にあり、気が立っており何をしでかすかわからないと恐れられているのが常ですが、クンユアムの人々はかつての日本兵との温かい交流を思い出し、温かく日本兵を受け入れたのです。村には当時50-60戸の民家がありました。貧しい村ではありましたが、多くの日本兵が救われ、後に日本に帰国しました。

日本兵が現地タイ人に信頼されていた点、慈悲の心を持った人が多いタイ。無様な姿になっている日本兵を見てられなかったのでしょう。お礼として、日本兵は、米の脱穀精米作業とか、農作業のときの赤ちゃんの子守などをしたそうです。クンユアムのタイ日友好記念館にその記述がありました。

日本兵が帰国する際、彼らが所持していた水筒やヘルメット、毛布等を世話になった家庭に残していきました。日本兵を世話した家族らは、それら日本兵が残していった物を大切に保管。

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クンユアムのタイ日友好記念館入口付近。日本とタイの国旗が掲揚

その後、1995年にクンユアムの警察署長として赴任したチューチャイ・チョムタワット氏が、署長就任後に村の家々を挨拶して回った際、チューチャイ氏は、日本兵が残していった物品を大切に保管していた事に着目。

日本兵とクンユアムの人々との交流に興味を持ち、私費を投じてそれらを集め、1996年に博物館を造りました。

その8年後にクンユアム市に管理が委託。博物館は2階建てになっており、外には軍用トラックがあり、博物館内部には、銃、軍刀、軍服、認識票、水筒、御守り、注射器、歯ブラシなど当時の日本兵が使っていた武器や日用品されております。さらに当時の写真などをふくめ、1000点にものぼる収蔵品が集められています。

1階には現地の少数民族の生活文化を紹介しており、当時の日本兵との暮らしぶりを再現した模型などもあります。

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室内展示物。日本兵が残した物品

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屋外展示品。旧日本軍の軍用トラック

タイ日友好記念館内には数多くの写真が展示。当時の日本兵とタイ人が笑顔で写る写真が多く展示。これら写真から、いかに日本兵と現地タイ人との仲が良かったのかが分かります。

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館外敷地内には慰霊碑があります。一人の日本人として慰霊合掌させていただきました

タイ日友好記念館向かいのお寺にも慰霊碑があります。お寺の関係者により丁重に管理されています。

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クンユアムの町を隈なく散策しましたが、当時の日本兵の方々の姿が脳裏をかすりました。道がアスファルトになったり、建物が鉄骨や鉄筋コンクリート化されたり現代化されたクンユアムですが、のんびりとした雰囲気は変わっていないでしょう。

【タイ北部には数多くの慰霊碑が】

前述通り、敗残兵と化した日本兵が険しい山々を通り、ビルマからタイへ逃れてきたのですが、その過程で飢えやコレラで多くの日本兵が亡くなりました。なんとか無事にタイの集落に辿りつけた日本兵はタイ人に暖かく迎えられ命を救われました。

それでも数多くの日本兵が亡くなり、タイ北部、ミャンマーとの国境地帯のいたるところに慰霊碑があります。丁重に管理されているものも多いのですが、中には無縁仏と化したものもあります。日本政府もそれら慰霊碑のすべてを把握しきれていないのが実情。

クンユアムまでは65キロ離れたメーホンソーンから二輪を借りて日帰り往復したのですが、帰路で岡山県の倉敷有志の会が建てた鎮魂碑を発見。平成12年に建立されたもの。慰霊させていただきました。

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※クンユアムまでの行き方

日本からタイまでは日本国内主要空港からバンコクまで直行便が就航しています。バンコクからは国内線に乗り換えてメーホンソーンへ。メーホンソーンからクンユアムまでは65キロの距離。クンユアムには空港がないので、バスもしくはタクシーをチャーターしてメーホンソーンまで。小生のように国際免許を持ち、2輪が運転できるのであれば、メーホーソンで2輪を借りて往復するのもよいでしょう。

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4. タイ・パーイの旧日本軍敷設橋&中国国民党残党勢力(KMT)の村

【かつて日本軍が駐留したメーホーソン県】

かつて日本軍の第15軍が駐留したタイ北部、今話題となっているミャンマーとの国境沿いのメーホーソン県。先の大戦下に日本軍のビルマ攻略の拠点となった場所。タイはアジア各国が欧米列強の植民地化される中、日本と同じく戦前から独立を保っていた王国。

先の大戦では、同じ枢軸国側として参戦。日本はタイから土地租借、食料や水分補給等の助力を受け、日本軍は開戦と共にビルマに進出し、昭和17年5月末にはビルマ全土を占領し、連合国軍を駆逐しました。そこには、現在話題となっているミャンマーのスーチー氏の父親アウンサン将軍など、ビルマ独立のために日本で訓練を受けた独立派の内からの手引きもあった事が占領を容易にさせて要因の1つです。

【中国国民党残党勢力の村】

メーホーソーン県にパーイという小さい町があります。チェンマイとメーホーソーンの中間に位置し、バスの休憩地点として栄えた町。周辺には中国国民党の残党勢力の村、リス族やラフ族の村もあります。

下記写真は、パーイの中心街から4キロ程の距離にある中国国民党(KMT)の残党勢力の村。

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村の中には商店や飲食店があります。第二次世界大戦後、中国共産党と中国国民党は争い(国共内戦)、中国共産党が勝利し、大陸本土における実権を握りました。その結果、蒋介石率いる部隊は台湾に逃れ、南西部にいた部隊はビルマに逃れました。他に広東省、香港に逃れた部隊、雲南省に逃れた部隊も。

南西部に逃れた中国国民党の部隊は、中国共産党とつながりを深めた時のビルマ政府軍に追いやられ、中国国民党残党勢力は越境し、タイ北部に逃れました。彼らは、武装したまま、この地に居座り、集落を形成。当初は、麻薬売買等で生計をたてていました。

中国国民党残党勢力(KMT)をタイ政府は暗黙の了解で認めており、タイ北部移住後、武装訓練をおこない、他所にいる残党威力に呼応し、いつでも大陸に攻めこむ機会を伺っていました。この村は、1978年にタイ政府との交渉で、武装解除、残党勢力はタイ国籍取得。現在ではのんびりとした雰囲気が漂う村に。

【パーイにある旧日本軍敷設橋】

先の大戦中、ビルマ攻略を容易にするために、日本軍はビルマ(現ミャンマー)との国境付近の川に複数の橋を敷設。映画『戦場にかける橋』で知られているカンチャナブリにある橋は有名ですが、タイ国内には北部にも日本軍敷設の橋があります。

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上記写真は大戦中に旧日本軍が敷設した橋。現地タイ人の協力を得て、橋を建設。戦争末期、インパール作戦で破れ、多くの日本兵がタイ北部に逃れてきました。その際、敵の進軍を阻むため、日本軍はこの橋を燃やして壊しました。

下記写真は、パーイの人々と日本兵が一緒に写る写真。

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旧日本軍が建てた橋は建設後、パーイの人々にとって貴重なものに。橋が亡くなった後、現地の人々は、再び川を小船で渡らなければならなくなり、多くの現地の人々により橋の再建が望まれました。戦後、橋を移築する形で再建。

その後、1970年代に大きな洪水に見舞われ、橋が崩壊。その後、再建されました。

この橋は、タイで人気を博した映画『クーカム』の撮影地となった場所でもあり、映画の部隊として訪れるタイ人も多くいます。映画『クーカム』は、先の大戦でタイに駐留した日本兵が主人公。礼儀正しく、武士道精神をもった日本兵が描かれ、日本兵と現地タイ人女性との恋の映画。機会があれば見てみましょう。

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パーイはのどかな風景が広がっています。かつて、日本兵もタイのこののどかな田舎の風景を楽しんだことでしょう。

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image by: 『大川原 明の「アキーラ海外見聞録」』

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