早ければ2023年中の勃発を予想する識者も存在するなど、もはやいつ起きても不思議ではないとの報道がなされている中国の台湾軍事侵攻。しかし習近平国家主席には、少なくとも現時点ではその企図はないようです。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』では著者でジャーナリストの高野孟さんが、米中首脳会談後のバイデン大統領の発言を引きつつ、台湾有事「切迫」論に何の根拠もなかったという衝撃的な事実を紹介。さらに「有事が差し迫っている」という流れを必要とした台湾政権の思惑を解説するとともに、その波に乗せられ防衛費倍増路線に突入しようとしている日本政府の今後を予測しています。

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ひとまず鎮静化に向かう「台湾有事」狂想曲/バイデンも立場を修正する中で日本はハシゴを外される?

米軍部に直結するシンクタンク「ランド研究所」の上級防衛分析官であるデレク・グロスマンが11月16日付「Nikkei Asia」に寄稿した中に、ビックリ仰天のパラグラフがある。

「11月14日、バリ島でのG20首脳会議に先立って習近平中国主席と会談したバイデン米大統領は、会談後、『中国側には、台湾に侵攻しようといういかなる差し迫った企図(imminent attempt)もないと、私は思う』と述べた」

何の根拠もなかった「台湾有事切迫」論

えっ?ちょっと待って下さいよ。21年3月に米上院の公聴会で米海軍大将が「中国による台湾回収は6年以内」と証言して以来、米政府高官からは「2027年、いや実際にはもっと早く23年か24年にも習は暴発するかもしれない」といった危機感あふれる発言が繰り返され、日本政府・自民党もそれを情勢認識の基本に据えて、巡航ミサイル装備だ、敵基地攻撃能力取得だ、南西諸島にシェルター建設だなどと、狂ったように騒ぎ立ててきたのではなかったか。

この筆者のグロスマンも呆れていて、バイデンがそのように「台湾有事」切迫論からあっさり撤退したということは、同政権の危機論には、2027年が中国人民解放軍の創建100周年だという以外に何の事実に基づく現実的な根拠もなかったことを示すものだと指摘している。

本誌は、最近で言えばNo.1164(7月18日号)「間違いだらけの『台湾有事論』」、 No.1176(10月10日号)「バイデン米大統領の『台湾有事』論は認知バイアスの表れ」などで、一貫してその虚妄性を主張してきたので、今更驚きはしないが、ランド研究所までがこのように冷静な分析に立ち戻り、大統領が正気を取り戻すのを助けようとしているのは、誠に喜ばしいことで歓迎したい。

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習近平は昔も今も不変

さて、バイデンの会談相手の習近平の方は、10月党大会からこのG20にかけて、台湾について何か特別のことを言っただろうか。日本のマスコミでは、党大会の政治報告で習が「台湾統一について『武力行使を決して放棄しない。あらゆる選択肢を持ち続ける』と宣言し、台湾への関与を強める米バイデン政権と台湾の蔡英文政権を威嚇した」(読売10月17日付の吉永亜希子記者の北京発の記事)などと、あたかも今回初めて武力行使を宣言したかのようなニュアンスをムンムンと溢れさせ、見出しにもそこを持ってくるなど扇動的な報道をする。そうすると世の評論家の類も知ったかぶりをして「習報告でいよいよ台湾侵攻の現実的な可能性は強まった」といった妄言を嬉しそうに振り撒くのである。

しかし、吉永記者もその無批判的追随者も、毛沢東以来の中国の台湾政策の歴史など一度も勉強せずに、ただ最近の嫌中気分に乗ってこんな言葉を弄んでいるのである。私に言わせれば、あくまでも平和的統一を追求するが、万が一に備えて武力行使の選択肢は決して手放さず、その万が一というのは仮にも台湾が名目的独立を宣言して「1つの中国」という(北京にとってはもちろん、実は台北にとっても同じく)根源的なアイデンティティを破壊した場合のみであるというのは、変わらぬ国際的常識であり、また両岸の指導者の暗黙の同意事項である。そのことを、本誌は上掲No.1164では、自衛隊出身の軍事ライター=文谷数重の「中国は台湾が『1つの中国』にとどまる限り武力行使はしない」という指摘(『軍事研究』7月号論文)を引用して強調しておいた。

念のため、習報告の台湾関連部分の全文を資料として文末に添えておく。こういう時は何にせよ出来るだけ全文に当たって、これまで比べてどこがどう変わったのかを自分で検証し、マスコミの軽佻浮薄や意図的捻じ曲げから身を守るようにしたい。

グロスマンも私と同意見

ランド研究所のグロスマンも、私と同意見である。彼は言う。「多くの国際的メディアの報道とは反対に、先月の大会では習近平は台湾の問題では全くもって控えめで、激するところはなかった」。習は、8月のペロシ米下院議長の訪台などを念頭に「外部勢力による目に余る挑発的な干渉」を非難したが、台湾当局そのものを非難することを避け、むしろ「1つの中国」の前提の下での政治的交渉の可能性への期待を残しておくよう心がけた、と評価するグロスマンはさらに、「北京は少なくとも2024年1月の総統選で親中的な国民党が蔡英文の民進党に勝つかどうかをじっくり見極めようとするだろう」と予測。従って米国などで盛んに言われてきた「習の台湾侵攻は2027年、早ければ23年か24年」との説を退けるのである。

● グロスマン論文:「Xi Jinping is not looking to go to war over Taiwan anytime soon」

実際、26日に行われた台北市をはじめ22市県の首長を選ぶ台湾の統一地方選挙では、民進党が大敗を喫し、蔡英文は(直接選挙で選ばれている総統の職には留まるものの)党主席を辞任する意向を明らかにした。民進党贔屓が多い日本では、蔡は中国の不当な圧力と戦って国民の人気が高いということになっているが、私が聞き及んでいる限りでは必ずしもそうではなく、コロナ対策の右往左往など内政への批判や政権内部の汚職腐敗への嫌悪などもかなり根強くあって、それを紛らわせるために蔡がことさらに米バイデン政権の迷妄を適度に利用して「台湾有事切迫」論を弄んできた、という一面もあった

台湾のインテリ層はその辺がよく見えていて、民進党があまりに軽々しく両岸関係を取り扱うのであれば、危険予防のために24年には政権交代をして内外の空気を鎮静化した方がいいと考えるのかもしれない。

こうして、米国と台湾それぞれの事情が重なって、狂ったような「台湾有事切迫」論の針は今後は限りなくゼロに近い方に振れ戻るので、これからそれを理由に防衛費倍増路線に突入しようとしている日本は、だいぶ困ったことになるだろう。

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