中国から飛来した気球を巡る騒動で国務長官の訪中は延期となったものの、対話姿勢を示しつつある米中両国。しかしながら「台湾有事切迫説」を唱え続ける米国の要人が存在するのもまた事実です。そもそも習近平国家主席は、武力をもって台湾を併合するという「強い意志」を持っているのでしょうか。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』では著者でジャーナリストの高野孟さんが、習氏を侵略主義者のように扱う向きについて「歴史を学習しない人たち」とし、そう判断せざるを得ない理由を解説。さらに台湾の人々が「台湾有事」についてどのような考えを持っているのかを、彼らの意見を織りまぜ紹介しています。

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偵察気球の米上空侵入事件で延期となった米国務長官の訪中。それでも対話再開に漕ぎつけようとする米中の思惑

ブリンケン米国務長官が2月5〜6日に予定していた訪中は、時ならぬ中国の観測ないし偵察気球の米国上空侵入事件でひとまず延期となった。この肩書きの米高官としては何と4年ぶりの中国訪問で、彼は新任の秦剛外相だけでなく、党の外交統括者となった王毅=政治局委員(前外相・元駐日大使恐)や習近平主席とも会談して、トランプ政権の後半から途絶えていた両国間の対話を再開させるはずだったが、それは今しばらく遠のくことになる。

とはいえ、ブリンケン訪中で米中関係に画期的な進展があると期待する者は、元々誰もいななかった。「ジャパンタイムズ」のガブリエル・ドミンゲス記者が2月4日付同紙に書いたように「しかしながら、〔米中関係の〕渦巻き状の急下降に歯止めがかかるか、速度が緩まるかして、限られた範囲であっても意思疎通と何らかの協力関係さえ再開されるのであれば、世界は安堵のため息をつくことができるだろう」というのが精一杯の期待だったので、それが多少先に伸びようとバイデン大統領とブリンケン国務省が過度の反中国感情剥き出しの路線を修正して対話を再開しようとする方向に変わりはないだろう。

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ホワイトハウスと国務省は舵を切った?

米中対話再開への流れのきっかけとなったのは、昨年11月14日、バリ島で開かれたG20首脳会議の場で行われた米中首脳会談でバイデンが「中国側には、台湾に侵攻しようといういかなる差し迫った企図もないと、私は思う」と述べ、習近平主席がそれをよしとしてブリンケン訪中を受け入れる旨同意したことである。そのことを本誌は、No.1183(23年11月28日号)で、米ランド研究所の上級防衛分析官デレク・グロスマンの論説を引用しつつ、米国発の無責任な『台湾有事』狂想曲は「ひとまず鎮静化に向かうだろう」との判断を示しておいたが、その基調は気球事件の後でも変わりはない。

【関連】ハシゴを外された日本。バイデン「中国の台湾侵攻ない」発言で崩れた台湾有事切迫論

とはいえ、そのような方向転換に踏み出しているのは、今のところホワイトハウスと国務省だけである。しかもその踏み出し方はおずおずとしたもので、何がおずおずかと言えば、

余りにも漫画チックな「台湾有事2027年切迫」説を煽ることは流石に止めることにし また気候変動など地球的課題については協力することを否定しないけれども 中国の半導体産業の弱体化をはじめ経済制裁や人権抑圧非難などはむしろ強化しよう

――という、中国攻撃の重点の置き所をずらそうとしているだけだからである。

このような政権中枢の動静に危機感を抱いているのは、「台湾有事」を煽ることで予算獲得に励んできたペンタゴンやCIA、議会の国防族などのゴリゴリ冷戦派で、その後ろにはウクライナ戦争が終わった後の兵器市場開拓を進めたい米軍産複合体が控えている。バーンズCIA長官が2日、ジョージタウン大学での講演で、

▼インテリジェンスによってわれわれは、習近平が27年までに台湾侵攻を成功させることが出来るよう準備を整えることを人民解放軍に指示したことを把握している。

▼27年か他の年に侵攻することを彼が決めたというわけではない。しかし、彼の関心と野心が本気であることに注意を喚起する必要がある。

――と語ったのは、冷戦的タカ派が慌て出している表れで、およそ常識で考えて一国のインテリジェンスのトップがこのような根拠不明な与太話を「インテリジェンスによって〔我々だけが?〕把握している」などという内緒事を自慢げにちょっとだけ漏らすかのような口調で語ることなどあり得ない。もしそれが本当なら、きちんと根拠を示して国際社会に暴露し、米政府として直接、習近平に問いたださなければおかしいでしょうに。「インテリジェンス」が聞いて呆れるよ、全く。

おそらくこれは、大元であるフィリップ・デビッドソン前司令官の「27年危機説」が何の根拠もないことがバレそうになってきたために(本誌前号参照)、米日に跨る冷戦派が何とかそれを補強して本当らしく見せようとジタバタしている姿なのである。そこへ折よく中国の正体不明の気球がフワフワとんできたので、ペンタゴンがこれに飛びついて洋上で撃墜するなど大ごとに仕立てて、とりあえずブリンケンの訪中を伸ばさせる材料としたのである。

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習が「武力統一を強調した」というのは本当か?

さて、デビッドソンやバーンズなどの与太話に多くの人が引っかかってしまう1つの条件は、習近平が去る10月の中国共産党大会での演説で「台湾は必ず統一する。武力行使も辞さずと強調した」という話が罷り通ってきたことにある。

確かに、私が調べた限りではロイター電など一部の報道は「武力行使を強調」といった見出しの立て方をしたが、これは明らかに歪曲。前出の本誌No.1183でも習演説の該当部分の全文を資料として掲載しておいたが、それを読めば分かる通り、さんざん「平和的統一、一国二制度」を強調した上でたった1行だけ「決して武力行使の放棄を約束せず、あらゆる必要な措置をとるという選択肢を残す」と付け加えているだけである。

しかもそのような言い方は、今に始まったことでも何でもなく、1955年5月の全国人民代表大会で周恩来総理が「中国人民が台湾を解放する方法は2つある。すなわち戦争の方法と平和の方法である。中国人民は可能な条件のもとで、平和的方法で台湾の解放を勝ち取る」と述べて以来、不変の北京の論理である。

その当時、周恩来がそう言ったのには何の不思議もなくて、1949年に毛沢東軍は内戦に基本的に勝利を収め人民共和国の建国を宣言したものの、台湾に逃げ込んだ蒋介石軍との武力衝突はまだ続いていた。北京は台湾の「武力解放」を掲げ、他方台北は「大陸反攻」を叫ぶ中、中国軍は1950年には船山諸島、海南島を奪取し、54年には大陳島、一江山島を占領した(第1次台湾海峡危機)。58年には金門・馬祖両島をめぐり本格的な砲撃戦・空中戦が交わされ、米国が外交的に介入して仲裁した(第2次台湾海峡危機)。さらに62〜65年には台湾軍が大陸反攻を目指して小型舟艇に乗った武装工作員による襲撃を繰り返し、台湾側だけで千数百人が戦死した(国光作戦)。これが両軍の直接戦闘の最後で、以後、95〜96年に李登輝政権の誕生を恐れた中国が台湾沖にミサイルを撃ち込むなどの示威行動を行い、米国が空母機動艦隊を急派するなど緊張が高まったが(第3次台湾海峡危機)、戦闘には至らなかった。

このように、中国の内戦は実質的には60年代半ばから鎮静化しているものの形式的には今なお終わっていないのであって、そのような条件下で中国が台湾に対する武力行使の可能性を自分の方から放棄することはあり得ない。1955年の周恩来発言もその67年後の習近平発言も、ただ単にそのことを言っているだけなのに、歴史を学習しない人たちが習が今回何か特別に凶悪な侵略主義者の本性を剥き出しにしたかに描き上げているのである。

そのように、台湾問題は基本的に国内問題であり、内戦の延長上にある。だから仮に戦闘が再開されるとすればそれはあくまで内戦。民主主義がどうしたとか言って米国や日本がそれに軍事力を以て介入すれば、それは国際法上、侵略に当たる。ウクライナ戦争が基本的に同国内におけるドンパス地方のロシア系住民の自治権をめぐる内戦であり、それにロシアが介入することは、ソ連邦時代ならばそれもまだ内戦の範囲だったが、ソ連邦が崩壊してウクライナが独立した後では侵略になってしまうわけで、これでもしバイデンや岸田が台湾有事に軍事介入すればプーチンと同じ間違いを犯すことになるのである。

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「沖縄独立」に置き換えて考えてみよう!

ところで、米国や日本の親切な人々は、もし本当に中国が攻めてきたら台湾はひとたまりもなくやられてしまうだろうから何とか助けてあげなくてはと心配しているわけだが、当の台湾の人々はどう考えているのだろうか。台湾にもいろいろな意見があるに違いないが、私の3人の知人は誰しも冷静で、「台湾有事」が来ると思っている人はいない。3人の意見を織り交えて紹介する。

▼蔡英文総統は久しく政権運営に行き詰まっていて、コロナ対策も初期にオードリー・タン=デジタル担当大臣が一躍スターになったあたりまでは良かったが、後は綻びが目立ち、挙句にワクチンをめぐる汚職という噂まで広がって苦境にあった。それで米国発の「台湾有事」論に乗って、ペロシ来訪騒動の演出にも手を貸して、国内引き締めと人気回復に利用しようとした。しかし台湾人は馬鹿じゃないから、そんな蔡の思惑など見抜いていて、昨年11月の統一地方選挙で民進党を大負けさせ、彼女は主席を辞任する羽目になった。「自分の政治思惑のために『台湾危機』を弄ぶなんて、蔡は最低ね」というのが一般的な見方だ。

▼政治的に言うと、台湾が民主主義で中国が独裁主義だから台湾を守ってあげなくてはというのは、ありがたいことだとは思うが、完全に米国人の単純頭脳で考えた空論。外から遠目で見ただけの観念論だ。民進党政権の腐敗・汚職や言論抑圧には皆ウンザリしていて、「どこが中国と違うんだ」と怒っている人がたくさんいる。経済的に言うと、蔡政権を通じて明らかに下り坂。衰退しているとさえ言える。その中でまだ何とかやっていけているのは、中国本土経済との一体化。台湾の中でも相対的に優秀な連中の100万人以上が中国系資本の企業でバリバリ働いていて、それが中国経済の支えにもなり台湾を潤す要因にもなっている。戦争などしてこの相互利益関係を壊す意味は、どちらの側にも絶無だ。

▼台湾人には命を投げ出して中国と戦争しようというモチベーションがない。台湾と中国の関係は、分かりやすく言えば沖縄と日本本土の関係みたいなもの。沖縄には独自のアイデンティティがあり、歴史的な経緯もあって、独立してもおかしくはないけれども、自分たちの命を賭けて、負けるに決まっている本土との戦争に打って出るという選択はあり得ない。そこが沖縄でもごく少数意見に過ぎない「独立」論の限界。気持ちは分かるけれども現実的な政治戦略とはなり得ない。

▼実際にこれから起きる最大の出来事は、来年1月の総統選挙。民進党は昨年の地方選挙惨敗に続いてこれも負けて、国民党政権になる。国民党は中国とは絶対に戦争をしないので、「台湾有事」は起こらない。台湾の民意は、「危なっかしい民進党政権は止めて国民党政権にして『台湾有事』が確実に起こらないようにしよう」という方向に、すでに大きく傾きつつある……。

米国の将軍やインテリジェンスの親玉が台湾について何かを言うとそれを大々的に報道し、もうそうなるに決まっているかのように言い立て、その元凶であるデビッドソンに高額の(?)ギャラを払って日本に招いて自民党外交部会で有り難く講演をして貰い、その堕ボラを基に政府が防衛費倍増を決めてしまうというこの国のオロオロぶり。その前にまず当事者である台湾人の意見に耳を傾けたらどうなのか。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2023年2月6日号より一部抜粋・文中敬称略)

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image by: The White House − Home | Facebook

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