2020年下半期――

今年は新型コロナウイルスに世界中が戦き怯えた一年。7月、本来なら東京オリンピックが開催され多くの感動や涙があったはずでした。不測の事態に狼狽する日々の中、数多くの悲しい別れも……。

前回に引き続き今回は2020年下半期に亡くなった著名人を紹介しながらその功績を振り返りたいと思います。

7月

ファッションデザイナー:山本寛斎さん……21日、急性骨髄性白血病のため亡くなりました。76歳でした。

1971年、日本人デザイナーとして初めてロンドンでファッションショーを開催。その後、デヴィッド・ボウイやマイケル・ジャクソン、レディーガガら海外の大物アーティストの衣装を手掛け世界的デザイナーの地位を確立しました。ちなみに娘は女優の山本未來さん、異母弟は俳優の伊勢谷友介さんです。

8月

俳優:渡哲也さん……10日、肺炎のため亡くなりました。78歳でした。1964年、日活に入社し俳優デビュー。その後、石原裕次郎さんを慕い、傾きかけていた石原プロへ入社。昭和史に残る刑事ドラマ「太陽にほえろ!」「西部警察」などに出演し事務所再建に成功しました。また弟で俳優の渡瀬恒彦さんは芸能界ケンカ最強と噂されていましたが、渡さんも実は空手二段、柔道初段で腕っぷしは強かったそうです。

9月

俳優:斎藤洋介さん……19日、亡くなりました。69歳でした。7月に咽頭がんが見つかり手術を受けていたそうです。斎藤さんといえばかつて三宅裕司さんらと立ち上げた劇団SET(スーパーエキセントリックシアター)の名付け親。その後、ドラマ「人間・失格〜たとえばぼくが死んだら」「聖者の行進」などに出演し名脇役として活躍する一方、バラエティー番組などにも登場し幅広い層の人気を獲得しました。2019年には息子を名乗る人物から100万円をだましとられるオレオレ詐欺の被害を告白。ワイドショーのインタビューを受け話題になりました。

声優:富田耕生さん……27日、脳卒中のため亡くなりました。84歳でした。富田さんが声を演じたキャラクターで印象深いのは二代目バカボンパパ、手塚治虫作品に登場するヒゲオヤジ、名探偵ホームズのワトソン。また現在、ドラえもんの声優といえば水田わさびさんですが、1973年はじめてテレビアニメになった際のドラえもんの声優は富田さんでした。

10月

作曲家:筒美京平さん……7日、誤えん性肺炎のため亡くなりました。80歳でした。手掛けた作品は約3000曲、ヒット曲も上げればいとまがなく「ブルー・ライト・ヨコハマ」「また逢う日まで」「Romanticが止まらない」「ツイてるねノッてるね」「AMBITIOUS JAPAN」など60年代から現在まで歌謡史に残る作品を次々に発表しました。また作曲したシングル曲の総売り上げは7560万枚で歴代の作曲家で第1位の記録を所持しています。

11月

サッカー:ディエゴ・マラドーナさん……25日、心臓発作で亡くなりました。60歳でした。アルゼンチン代表として1986年W杯メキシコ大会に出場。優勝に導いた“神の手ゴール”と“5人抜き”はあまりにも有名。スーパースターとして名声をほしいままにした一方、現役時代から薬物使用疑惑があり、引退後はアルコール依存などにも苦しみたびたび体調を崩していました。

12月

コメディアン:小松政夫さん……7日、肝細胞がんのため亡くなりました。78歳でした。福岡から俳優を目指し上京した小松さん。持ち前の話術で自動車を売りまくる敏腕セールスマンでしたが、雑誌広告で植木等さんの付き人募集を見つけ応募。これが芸能界入りの足掛かりになり、その後、植木さんの後押でテレビ出演。「シャボン玉ホリデー」「みごろ!食べごろ!笑いごろ!」「笑って!笑って!60分」などで人気者になり「しらけ鳥」や「小松の親分」など歌ネタでお茶の間に親しまれました。

女優:浅香光代さん……13日、すい臓がんのため亡くなりました。92歳でした。9歳のときに剣劇の道に入ると一躍スターに。一座が解散すると、女優やレポーター、コメンテーターとして活躍。1999年ごろから浅香さんと野村沙知代さんのミッチーサッチー騒動が勃発。ワイドショーをにぎわせました。また舞台で大立ち回りをする際、着物からチラリと見える生足が色っぽいと評判になり“チラリズム”という言葉が生まれたのは浅香さんがきっかけだそうです。