「アニメーション」と「アニメ」は別物?

 少しずつズラした画像を素早く入れ替えることで、目の中に残る残像効果を利用し、動いているように見せる「アニメーション」。そして、それまでは映画館で見るものだったアニメーションを、昭和半ばに一般家庭に普及した「テレビ」という受像機を通し、誰もが気軽に見られるようになったもの。これがTVアニメーションです。

 一方、年輩の方ならおわかりでしょうか、かつてTVアニメは「テレビまんが」と呼ばれていました。

 日本で初めて制作された本格的連続TVアニメは、1963年に放送を開始した『鉄腕アトム』です。そしてこの『アトム』は、日本のマンガの神様とも言われる手塚治虫が描いたマンガのアニメ化です。

 もともと映画が大好きな手塚治虫は、アメリカのディズニーアニメのファンでもあり、自分のプロダクションでもアニメーションの制作を始め、ついに日本初のTVアニメーション『鉄腕アトム』に着手します。

 制作当初、手塚治虫は、今や伝説的なベテランアニメーターの杉井ギサブローさんに、アトムがしゃべる場面の作画を依頼します。杉井さんは、それまで東映の劇場用作品のアニメーター等を務めてきた方で、いつも通り全身を動かしてしゃべる作画を提出。が、それを見た手塚治虫は、口だけ動かせばいい、と言ったそうです。

「視聴者は、私の描いたマンガのアトムをTVで見るのです。だから、これは“アニメーション”ではなく“アニメ”という別のものなんですよ」(言葉は推測で書いています)

 たぶんこれが初めて「アニメ」という言葉が生まれた瞬間だろうと、杉井さんは語っておられます。

 紙に印刷されていただけの「マンガ」がテレビの中でなら動く。これが手塚治虫が考えていたものだったのです。

 しかし、そのおかげで、本来大変手間のかかるアニメーションを、週刊ペースの30分番組として放送出する日本のアニメーション文化が出来上がったともいえるのです。

 この「アニメ」という言葉は、長い間、業界内やマニアだけが使う、いわば専門用語のようなものでしたが、『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』などの人気を受けて登場したアニメ誌やファンなどによって広く使われるようになり、今では一般的な言葉になっています。

 単なる略語だと想って誰もが当たり前のように使う「アニメ」という言葉の裏には、実はこんな意外な真実があった。実はこれ、数ヶ月前に、杉井さん自らのトークで知った情報です。

【著者プロフィール】
風間洋(河原よしえ)
1975年よりアニメ制作会社サンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)の『勇者ライディーン』(東北新社)制作スタジオに学生バイトで所属。卒業後、正規スタッフとして『無敵超人ザンボット3』等の設定助手、『最強ロボ ダイオージャ』『戦闘メカ ザブングル』『聖戦士ダンバイン』『巨神ゴーグ』等の文芸設定制作、『重戦機エルガイム』では「河原よしえ」名で脚本参加。『機甲戦記ドラグナー』『魔神英雄伝ワタル』『鎧伝 サムライトルーパー』等々の企画開発等に携わる。1989年より著述家として独立。同社作品のノベライズ、オリジナル小説、脚本、ムック関係やコラム等も手掛けている。