「特撮ヒーロー」=「マフラー」だった時代

 昭和の特撮ヒーローに思いを馳せれば、頭の中でマフラーがなびきます。あの頃、少年たちを夢中にさせた等身大ヒーローは風とともに現れ、いつだってマフラーが首もとで泳いでいました。

 その後も特撮ヒーローの文化は廃れることなく昭和から平成、そして令和と受け継がれてきましたが、どうやらこのトレードマークのマフラーだけは昭和に置き忘れてしまったようです。この記事では、ふと気づけば巻かなくなったあのマフラーの系譜を、具体的に概説していきたいと思います。いったい、いつどこであのマフラーを置き忘れてきたのでしょうか。

※この記事では首に巻く長い布を、まとめて「マフラー」と呼称しています。

●なんといっても『仮面ライダー』 石ノ森ヒーロー

 特撮ヒーローのマフラーの歴史は、ヒーロー番組の元祖である1958年放送『月光仮面』からすでに始まったといえるでしょう。

 そして、1971年の『仮面ライダー』の登場によって、特撮ヒーロー=マフラーのイメージは決定的になります。サイクロン号で颯爽と登場する彼らの首元で頼もしく揺れる赤いマフラーの印象はなんとも鮮烈で、たとえ静止画であろうとそこに「スピード」を感じさせる視覚的演出として抜群の効果がありました。

 以降、「仮面ライダー」シリーズにおいてこのマフラーは定番となり、V3、ライダーマン、X、アマゾン、ストロンガー、スカイライダー、スーパー1、ZXとデザインや設定が作品毎に変わっても、マフラーだけは絶えずライダーたちの躍動に合わせ風と踊り続けます。

 さて、そんなマフラーですが、より原点回帰を企図した1987年の『仮面ライダーBLACK』で採用されず、以降「仮面ライダー」シリーズにおいてマフラーはゆっくりと忘れられてしまいます(『仮面ライダーW』で一時的に復活)。

 その他、石ノ森ヒーローでは、実写ではありませんが1964年連載開始の『サイボーグ009』も、また長い長い黄色マフラーを着用していました。1968年制作のアニメ主題歌では原作とキャラクター設定が異なり、歌詞も黄色ではなく「赤いマフラーなびかせて」に変更されています。1972年『人造人間キカイダー』では、ハカイダーのサブローが黄色いマフラーを着用。1973年の『イナズマン』『イナズマンF』も、それぞれ色の異なるマフラーを着用しています。また『イナズマンF』の第19話では、マフラーで目を覆い敵の攻撃を無効化するという離れ業を披露しました。

 石ノ森作品以外でも特撮マフラーは大活躍しています。1972年『愛の戦士レインボーマン』では「月の化身」ダッシュ1の姿で薄手のマフラーをひるがえしており、ピー・プロダクション制作の1973年『鉄人タイガーセブン』は虎マスクに赤いマフラーという個性的ないでたちでした。

胸元で白いマフラーが踊る『バトルフィーバーJ』について詳しく解説した、「スーパー戦隊 Official Mook 20世紀 1979 バトルフィーバーJ」(講談社)

戦隊ヒーローも白マフラーをつけていた

●スーパー戦隊シリーズにおけるマフラー

 続いてはスーパー戦隊シリーズに目を向けましょう。1975年の『秘密戦隊ゴレンジャー』、1977年の『ジャッカー電撃隊』はマントでしたが1979年の『バトルフィーバーJ』では全員が白いマフラーを身につけています。

 以降、『電子戦隊デンジマン』『太陽戦隊サンバルカン』『大戦隊ゴーグルファイブ』まで4作連続、この白いマフラーが続きました。しかし、1983年『科学戦隊ダイナマン』で途絶え、戦隊シリーズにおいてもマフラーが爆風に揺れることはなくなっていきます。

●そもそもヒーローたちの「マフラー」は何だったのか?

 そもそも、あの「マフラー」は何なのでしょうか。視覚的効果に関しては既述の通りですが、メットとボディの隙間を覆うためという制作上の要請が存在していた、という話もあります。また1950年代のイギリスにおけるライダーファッションに長いマフラーが特徴として見受けられ、『仮面ライダー』は現実のライダーファッションと地続きでもあったといえるでしょう。

 さて、昭和特撮におけるマフラーの歴史を見てきましたが、時代のところどころに置き忘れたままとなっているマフラーが復活する兆しも見られます。2023年公開予定の『シン・仮面ライダー』では、1号、2号とも鮮やかな赤いマフラーを身につけています。昭和に置き忘れたマフラーが、令和で再び風と踊ります。