なぜアクシズを掌握しなかった?

『機動戦士ガンダム』は、作りこまれた設定と、数多く発表された作品群がお互いを補完する、大河ドラマ的な重厚さを持つ作品です。その中でも「シャア・アズナブル」は歴史を大きく動かした人物と言えます。

 月の裏側に位置する、スペースコロニー群「サイド3」を独立させた政治家ジオン・ズム・ダイクンの息子として、シャアは生まれました。しかし、ダイクンが死去したことで、その側近・ザビ家がサイド3の権力を掌握します。

 キャスバル・レム・ダイクンとして育ったシャアは、自分とそっくりな「シャア・アズナブル」と入れ替わり、ジオン公国軍に入隊。一年戦争開戦後は大活躍し、エースパイロット「赤い彗星」として知られます。

 シャアは、策謀家・指揮官として優れていましたから、かたきと狙うザビ家の御曹司ガルマを、敵軍の攻撃で戦死させます。その後、左遷された自分を引き立てたキシリア・ザビも、ア・バオア・クー攻防戦時に暗殺しました。

 木星方面に脱出したジオン艦隊に乗り込んだシャアは、宇宙要塞アクシズで数年間を過ごし、そこでザビ家唯一の生き残りであるミネバ・ラオ・ザビや、ミネバの摂政に就任したハマーン・カーンと親密になります。

 ところが、シャアは新素材ガンダリウムを持って地球圏に帰還。連邦軍の軍籍を入手して「クワトロ・バジーナ」を名乗り、反地球連邦組織エゥーゴに参加します。エゥーゴ代表ブレックス・フォーラは、彼を「赤い彗星」と知りつつ重用し、幹部としました。

 そのブレックスが暗殺され、シャアはエゥーゴを束ねて、ダカールの連邦議会を武力制圧して演説。自分がジオン・ダイクンの息子で、赤い彗星だと明かしたうえで、非道を重ねる敵対組織ティターンズを糾弾、グリプス戦役の大義名分を引き寄せました。

 しかし、最終決戦でハマーンのキュベレイに乗機を破壊されたシャアは、これを好機と姿を消します。ハマーン戦死の4年後、シャアは彼女が率いていた組織「ネオ・ジオン」の総帥として、連邦政府に交渉を行いました。

 シャアは連邦政府を騙して宇宙要塞アクシズを入手、この小惑星を地球に落とす作戦中に、消息不明となります。

 こんな人生のなかで、シャアは不思議な決断をしています。

 シャアは「なぜアクシズを掌握しなかった」のでしょうか。ザビ家の生き残りミネバは、シャアがアクシズにいた時期は幼女でした。摂政のハマーンもまだ16歳。ハマーンは、ジオンを統べる正当性はなく『機動戦士ガンダムZZ』で、部下のグレミーに反乱を起こされています。

 正当性を持ち、策謀家のシャアがその気になれば、アクシズを掌握できたでしょう。その答えは、シャア自身が『Z』でハマーンに語っていた「ミネバを偏見の塊に育ててなんとする」だと考えられます。

 シャアは、恋人・ララァの死を14年も引きずる性格で、非情には徹しきれません。ハマーンを利用しようと近づいたものの、情が湧き、かつ、彼女がザビ家側の秩序を重んじる性格で、殺害しないと地位を奪えない。そこに躊躇したのでしょう。

 また、名目上の主君ミネバは真っ直ぐな性格で、シャアを慕っていました。ガルマを謀殺して空しくなったシャアが、自身を慕う幼女を殺害するのも無理だったのでしょう。

「このままアクシズにいたら、ダイクンの息子としての自分は終わる」。そう考えて、地球圏に脱出したのだと思われます。

クワトロ・バジーナがジャケットに描かれる、『機動戦士Zガンダム』DVD(バンダイビジュアル)

なぜエゥーゴの代表を続けなかった?

 次の疑問は「なぜエゥーゴの代表を続けなかったのか」。ブレックスが暗殺されても、ブライトなどの幹部や、スポンサーのアナハイム・エレクトロニクスはシャアを支援していました。グリプス戦役とは「地球連邦政府の主導権を巡る戦い」ですから、「エゥーゴ代表の政治家として、スペースノイドの自治権拡大を実現する」道もあったでしょう。

 そうしない理由は「エゥーゴは烏合の衆」だからでしょう。ティターンズの非道をただすために、エゥーゴに参加している連邦軍将兵はシャアの私兵ではありません。ティターンズが倒れた以上、シャアに従う理由はないのです。「地球に住む者は自分のことしか考えていない」も、エゥーゴ代表として組織をまとめた実感だと思われます。

 連邦軍人らの機嫌を取りつつ、父ダイクンを無視した連邦議会で権力を競うのは、シャアには耐え難かったのでしょう。ダカール演説で、ダイクンの息子としてシャアを支持する勢力が誰かは確認できたので、エゥーゴに戻るより、自分の組織固めをした方が得策ということです。

 ハマーンがアクシズ(ネオ・ジオン)を掌握する状況は変わりませんが、彼女の正当性はミネバですから、ミネバを拉致し、グレミー辺りをたきつけて反乱を起こさせれば、ネオ・ジオンは乗っ取れると考えたのでしょう。

 本当にこのような策略が行われたかはわかりません。結果としては上記の通りになり、彼はネオ・ジオン総帥になれたのですが、ハマーンを排除した組織で得られたのは、ガルマの時と同じ「むなしさ」でしょう。『逆襲のシャア』でシャアは「これでは道化だよ」「アムロ、私はあこぎな事をやっている」と発言しています。自分が正しいと確信していない者の言葉だと思えます。

 ハマーンに「ミネバを偏見の塊に」と言ったシャアは、本来バランス感覚のある人物です。実際、拉致したミネバに、シャアは再教育を施し『機動戦士ガンダムUC』でのミネバは、理性的なヒロインとなっています。

 シャアは「道化として生きているのが辛かった」のでしょう。自身を慕うガルマやハマーンを排除し、理想を共有したいカミーユは力不足で助けられずに精神崩壊。権力を掌握したが、ダイクンの名前に寄る原理主義者の親玉になってしまった。「アクシズを落として、地球に住めなくなれば、スペースノイドは勝手に自立する。そうすればこの道化から降りられる」が、シャアの真意だと思われます。

 だから『機動戦士ガンダムUC』において「みんなが望むシャア」を演じるフル・フロンタルに、ミネバは「お前はシャアではない。シャアは人間の弱さを持つ人物だった」と言ったのでしょう。