今年4月17日、新潟県三条市にある第一コンピューター印刷(以下、イチコン)の会議室で、社員たちはくじを引いた。『社長』とある。「はい、あなた、今日から社長ね」。「……え?」。 

その日、イチコンは社員8人による架空の社内ベンチャー企業を立ち上げた。しかも2社。それから1カ月余りで自社商品を開発、商品発表から販売までこぎつけた。ユニークなのは社長から平社員まで、すべての役職をくじで決めたこと。いったい狙いは何だろうか。イチコンの白倉猛社長と、架空のベンチャー企業「カラサワマスク」社長の柄沢仁志さん、「米山ホールディングス」社長の米山礼佳さんに話を聞いた。

■“社長”なんてムリ!でもやるしかない

「カラサワマスク」はマスクではなく、飲食店用メニュー表『わたしがき』を開発。従来の置き型ではなく配布型で、持ち帰り可能。店のクーポン券や広告も載せられる。他の人が触れた物には触れたくないというお客の要望と、店側の消毒の手間を解決する。

「米山ホールディングス」は、バーチャル背景を販売。日本各地の「ご当地背景」をはじめ、美しいオフィスやアニマル柄などの背景、3D動画など、約100種類を用意。企業のロゴ入りなどオリジナル背景も制作する。

「くじで“社長”を引いた時は、思わず悲鳴をあげました」と笑いながらいう米山ホールディングス社長の米山さん。カラサワマスク社長の柄沢さんも動揺した。無理と思いつつ周囲の“社員”と一緒にアイデアをまとめ、商品宣伝のため社内の専門部署にホームページや動画、パンフレット制作を依頼。自分たちの社名入り名刺も作った。

「“社長”がこれほど大変とは思わなかった」と口をそろえる2人。はじめこそ、会議のスケジュール調整や“社員”の進捗確認など、“仕事を作る”経験に戸惑ったが、それまで関わりのなかった部署の“社員”たちとコミュニケーションを重ねるうちに、不安が馬力に変わった。たった一カ月余りでやり遂げた2人の“社長”の表情には、達成感と安堵感が満ちていたという。ちなみに今は“相談役”に退いている。

■立場が人を作る

 「当社は、世の中にワクワクを与えることが使命。落ち込んだ時こそ攻めの経営です」というイチコンの白倉猛社長。しかしコロナ禍は一筋縄ではいかない。そこで相談したのが、感動会社楽通(兵庫県姫路市)の田村慎太郎社長。「社員に役職を与えて、やらせてみては」という助言で生まれたのが、架空の社内ベンチャーだったわけだ。

攻めの試みとはいえ正直不安だった白倉社長だが、杞憂に終わった。「立場が人を作るといいます。5月25日の商品発表会の時、彼らには上に立つ者のオーラがあった。私もワクワクました」。
2商品とも社内で制作できるので費用も抑えられるが、まだ目立った売り上げはない。しかし「大きな収穫は、人財育成」と満足気だ。

感動会社楽通の田村社長は、印刷会社の営業出身。イチコンを優れた技術や設備を持った企業と評価するも、部署間の連携が浅かったと指摘する。

「しかし、技術から営業まで社員全員が“自分たちは何ができる会社か”を100%把握し、連携できたら怖いものなし。顧客の困りごとに、営業担当が『当社の技術はこのようなことができる』と積極的に提案できるし、技術部が作った見本を介しての商談も可能。攻めの仕事ができるでしょう」。

今後は、マジメに楽しむ精神が大切な時代になるだろうと語る白倉社長。「ワクワクを与えるわが社と一緒に、顧客のみなさんも、マジメにワクワクする仕事に挑戦して欲しいです」。

(まいどなニュース特約・國松 珠実)