先日リハビリテーション病院で働いている歯科衛生士さんと話す機会がありました。急性期病院からその方の勤務先に転院された患者さんは当初無表情で声掛けにも応じず、口の中は乾き、上顎全体に汚れがこびりついていたそうです。その汚れを少しずつ取り除いていったところ患者さんの表情が徐々に和らぎ、今では話しかけてくださるまでになったとのことでした。転院前の病院で口腔ケアが十分なされていなかった可能性がありますが、残念ながらこのような患者さんは稀ではないそうです。

 入院している方、身体が不自由な方、介護が必要な方等、ご自身で歯を磨くことが難しい方々は少なくありません。特に唾液の量が少ないと口の中が乾いてねばつくため、汚れが口の中に貼りついてしまいます。食事も楽しめず、本当に辛い思いをなさっていることでしょう。

 口の中が不潔であると虫歯や歯周病、口内炎ができやすくなるほか、糖尿病の悪化、誤嚥性肺炎や動脈硬化等の発症のリスクも高くなります。また、インフルエンザウイルスの体内への侵入を助ける物質を分泌する細菌も増えます。分泌された物質は新型コロナウイルスの侵入も助けるのではないかといわれており、入院患者さんや高齢者、病気をお持ちの方々はもとより、健康な方々も含め口の中を清潔に保ちたいですね。

 ところで、厚生労働省が令和元年度に介護保険施設に対して実施したアンケート調査結果によると、「口の中が汚い人がいる」のは、回答した施設の約4割に上りました(#1)。一方、「専門職による口腔の健康管理」が行われていない施設は2割以上、また約4分の1の施設が「専門職による職員に対する口腔ケア指導が行われていない」と答えています。さらに、回答した施設の半数以上が人員、時間、費用の確保が難しいため歯科健診を実施していませんでした。

 同じく厚生労働省が発表した平成30年末現在の歯科衛生士数は13万2629人で、そのうち病院勤務の歯科衛生士は6629人(5%)、また介護保険施設等に勤務している歯科衛生士はわずか1282人(1%)でした(#2)。前述のデータとも合わせて考えると、人材や資金不足などで、ご自身での歯磨きが難しい方々に対して十分な口腔ケアができない病院や施設の存在がみえてきます。

 介護スタッフやご家族等、専門的な知識がない方々にとってはどうやって口腔ケアをしてよいかわからず、また何かあったら怖いと思うと、必要だ、ケアしてあげたいと思っていても戸惑ってしまいますね。しかし、歯磨きが難しい方々の口の中の汚れを歯ブラシや綿棒、スポンジブラシ、口腔用のウェットティッシュなどで取る、入れ歯をお休みの前に外して洗うだけでも違います。また、現在日本歯科医師会や日本歯科衛生士会、地方自治体、病院や施設等から、口腔ケアや口腔ケアグッズについてわかりやすく解説しているパンフレットやサイトも作成されています。口の粘膜が乾燥している方、マヒがある方、認知症を患い歯磨きを嫌がる方等への具体的な対応についても書かれていて、身近で躊躇なくケアが行えるようになっていますが、歯科医師や歯科衛生士による専門的な判断を要する場合は無理せず相談してください。

 口腔ケアを進めることは患者さんの早期回復や早期退院、生活の質(QOL)の向上、ひいては医療費の抑制にもつながります。日々お忙しく、お疲れの上に口腔ケアを続けるのは大変ですが、やはり口の中が汚い状態は気持ち悪く、生きようと思えなくなってしまうのではないかと考えてしまいます。無理のない範囲で、できる範囲で、ぜひ身近な方、歯磨きが難しい方が楽しい生活を送れるよう、サポートをお願いします。

<出典>
#1「う蝕対策等歯科口腔保健の推進に係る調査」(厚生労働省)

#2「平成30年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」(厚生労働省)

◆中塚 美智子 大阪歯科大学医療保健学部教授。歯科医師、労働衛生コンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士。