瀬戸内海に浮かぶ大久野島(広島県竹原市)は、野生のウサギと触れ合える島として知られ、観光客にも人気の“楽園”だ。一方で、かつては旧日本陸軍の毒ガス工場が稼働する「毒ガスの島」でもあった。戦後その歴史は闇に葬られ、地図から消された島とも呼ばれた大久野島。愛らしいウサギと、禍々しい毒ガス…、両極端な顔を併せ持つ島を訪ねた。

■人懐っこいウサギに胸キュン

大久野島は竹原市の忠海港から船で約15分。海水浴場やキャンプ場、芝生広場などが整備されており、「休暇村大久野島」では食事や宿泊もできる。現在は、JRグループや地元自治体、旅行会社などが一体となって展開する「せとうち広島デスティネーションキャンペーン」(2020年12月31日まで)でも、目玉スポットのひとつとして紹介されている。

船を降りてまず驚かされるのは、700〜900羽いるというウサギたちの人懐っこさ。人を見ると、警戒心ゼロでトコトコトコトコ…と(餌を目当てに)駆け寄ってくるのだ。ただ、どんなに可愛くても、お菓子やパン、ネギなどの野菜を安易に与えてはいけない。島に渡る前に、忠海港やJR忠梅駅近くの店などで買っておこう(島では餌は販売されていません)。

■「毒ガスの島」の歴史を伝える資料館

追いすがるウサギを残し、船着場から少し歩くと右手に見えてくるのが毒ガス資料館だ。入館料150円を支払って中に入ると、陳列された写真や年表、工場で使われていた道具、作業服の実物などが、目を背けてはならない島の歴史を静かに訴えてくる。島ではドイツ式やフランス式のイペリットのほか、ルイサイト、ジフェニルシアノアルシンなど、人間の体に深刻な害を及ぼす毒ガスを製造。終戦後、米軍により破壊され、事実は秘匿された。

「日本が毒ガスを使用した」という事実は長い間、ほとんど知られていなかったという。また毒ガスの製造に携わった工員たちは呼吸器疾患など毒ガスによる重い障害に苦しみ、多くの人が命を失うことに。展示では、被害者救済がどのように進められていったのかも紹介している。

■ウサギと毒ガス、知られざる因縁

ところで島にいるウサギは、1971(昭和46)年に地元の小学校が放した8羽が繁殖して野生化したという説が有力だが、そもそも大久野島では、戦前や戦中には動物実験用としてウサギが飼われていたという因縁めいた歴史がある。毒ガス資料館の初代館長で、若い頃に自身も毒ガス工場で働いた経験もある村上初一さんが生前、ウサギが島のマスコット的な存在になっていることについて複雑な思いを吐露したインタビューも残されている。

資料館を出ると、また愛らしいウサギたちの姿が。毒ガス資料館に立ち寄るのと立ち寄らないのとでは、島に対する印象は大きく変わる。島内には、毒ガス障害死没者の慰霊碑もあり、毎年10月に慰霊式が営まれている。

(まいどなニュース・黒川 裕生)