著作権切れ した過去の小説が電子書籍上に掲載されるにあたり、 言葉遣いを現代風に改変 されていたことがわかり波紋を呼んでいる。

きっかけは作家の 松井計 さんのツイート。松井さんは7月5日、Twitter上で、戦前戦後に活躍した作家、山本周五郎の小説が電子書籍上で改変されていることを指摘。

松井計さんのツイート

「電子書籍で山本周五郎の短編を3本読んだら、なんだか妙な感覚が。面白いのは面白いのですがね。違和感あり。そしたらなんと! 巻末に〈読みやすくするために現在の言葉に置き換えてある〉との但し書きが! 著作権保護期間が過ぎて、パブリックドメインになってるとは言え、そんなことをしていいのか。」

Twitter

この改変は 「読みやすくするため」 という理由のようだが、その但し書きは巻末に書いてあるのみで、松井さんもそれを読んでようやく作品が改変されていることに気付いたのだという。

個人的には 「山本周五郎くらい原文で読めるだろ」 と思ってしまうが、けっして現代語訳すること自体が悪いわけではない。「源氏物語」や「平家物語」など明治以前の作品を原文で読める人はほとんどいないだろうし、過去の作品が現代語訳されることで後世に受け継がれてゆくことは尊いと思う。しかし、それならそれで表紙など目に付くところに「現代語訳」「○○訳」などと明記するのが筋というものだろう。これは電気書籍だろうが、著作権切れしていようが関係無い。電子書籍の運営者に、作品と読者に対するリスペクトが足りていなかったのだ。

現在、日本国内では著作物の著作権は著作者の 死後70年まで(2018年12月30日以前は死後50年)保護されている。それ以後、作品は 「パブリックドメイン」 となり皆が自由に扱うことが出来るようになるのだが、それでもなお著作権法第六十条では

「その著作物の著作者が存しなくなつた後においても、著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。ただし、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。」

著作権法第六十条)

と定められている。今回、松井さんが指摘する改変がこの法律の枠を逸しているとまでは言えないが、著作権が商業的な意味合いだけではなく、作品にこめられた芸術性や思想、そして読者の知る権利を守るためにいかに重要なものであるかを今一度認識していただければと願うばかりだ。

(まいどなニュース特約・中将 タカノリ)