2020年の出版界・映画界の話題をさらったのが、「鬼滅の刃」である。こうした漫画では登場人物の名字はあえて実在しなさそうなものをつけることが多いが、「鬼滅の刃」では実在しなさそうで、実は実在するものが多いのでは、と話題になっていた。そこで、登場人物の名字をいくつか調べてみた。

まずは主人公の「竃門」。これで「かまど」と読む。かまどは通常「竃」1字で書くが、福岡県の大宰府市に九州の総鎮守として崇敬を集めた竃門神社があるなど、「竃門」と2字で書くこともあったと思われる。名字としては和歌山県や兵庫県など、関西にわずかながら点在している。

続いて「我妻」。読み方は「あがつま」となっている。ネット上では、珍しい、難読という声も出ているが、実はそんなことはなくメジャーな名字である。「我妻」は東北南部の宮城・山形・福島の3県に集中している名字で、地域によって読み方が異なる。最も多い宮城県では6割が「あがつま」で4割が「わがつま」と、「あがつま」の方が多い。ところが、隣の山形県では99%以上が「わがつま」である。そして、福島県では半数が「あづま」と読み、4割が「わがつま」で、残りの1割が「あがつま」。ちなみに、東京では「あがつま」と「わがつま」が半数ずつである。全国を合計すると、「わがつま」が過半数で名字ランキングでは1600位台、「あがつま」も2500位以内で、ともにメジャーな名字である。

「栗花落(つゆり)」は兵庫県にある知る人ぞ知る難読名字だ。栗の花が落ちる頃に梅雨入りすることから、「栗花落」と書いてかつては「つゆいり」と読んだ。今では短縮して、本家が「つゆ」、分家が「つゆり」と読む。

「不死川(しなずがわ)」は大阪府羽曳野市などにある稀少名字。僧侶が名乗ったものだ。

「産屋敷(うぶやしき)」は三重県熊野地方にある難読名字で、三重県紀宝町には地名もある。

「鉄穴森(かなもり)」は広島県や島根県石見地方に見られる稀少名字。たたら製鉄に必要な砂鉄を効率よく採取する方法として、中国地方では鉄穴(かんな)流という方法がとられていた。鳥取県日南町に「鉄穴内(かんなうち)」という地名があるなど、「鉄穴(かんな)」のつく地名はいくつかあり、名字もそこから生まれている。

「甘露寺(かんろじ)」は公家の名字である。藤原北家勧修寺流の藤原朝頼の子為輔が甘露寺と号したのが祖で、しばらくは吉田を名乗っていたが、南北朝時代の藤長の頃から正式に甘露寺家を家名とした。明治時代には伯爵となるなど、公家の中でもかなり家格の高い家である。

この他「伊黒(いぐろ)」「鉄地河原(てっちかわはら)」「天王寺(てんのうじ)」「継国(つぎくに)」なども実在している。もちろん実在しない名字も多数登場するが、作者はある程度分かったうえで実在の名字を登場させているような気がしてならない。

◆森岡 浩 姓氏研究家。1961年高知県生まれ。早稲田大学政経学部卒。学生時代から独学で名字を研究、文献だけにとらわれず、地名学、民俗学などを幅広く取り入れながら、実証的な研究を続ける。NHK「日本人のおなまえっ!」にコメンテーターとして出演中。著書は「47都道府県名字百科」「全国名字大事典」「日本名門名家大事典」など多数。