ポンタ君が当院へやってきたのは、去年の暮れのことでした。興奮して騒ぐこともなく、静かに座って診察を待っていました。 

半年前より、特に夜間の咳が酷く止まらず、ポンタ君自身も飼い主さんご夫婦も眠れない日々が続いていたそうです。動物病院を回りましたが、なかなか良くならず、当院が3軒目とのことでした。

治療の甲斐あってポンタ君は咳が止まり、熟眠できるようになりました。飼い主のYさんにはとても喜んでくださいましたし、私も大変嬉しく思いました。 

ポンタ君は、フィラリアという虫が心臓付近の血管に寄生する病気でした。どうしてフィラリア症になってしまったのでしょうか? その説明には、現在のポンタ君の飼い主であるYさんとポンタ君との出会いにまで遡ることになります。

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Yさんはランニングがご趣味で、毎日走り込んでいらっしゃいました。1年程前、ランニング途中に、河原につながれて、やせ細った犬を見つけました。ポンタ君でした。 脇にプラスチック製の犬小屋がありましたが、劣化し、ひび割れて穴が開き、雨風をしのげない状態でした。器が置いてありましたが、泥水が入っていました。後にわかったことですが、ポンタ君は野菜クズが主食だったようでした。 そして、散歩にも連れて行ってもらえていないようで、小屋の周りにはうんちが散乱…しかも下痢でした。 

そんな劣悪な環境にいるのに、Yさんがポンタ君に近づくと、大喜びで尻尾を振って熱烈な歓迎をしてくれました。動物好きなYさんは、とても心が痛みました。 

以来、Yさんはランニングがてら1日おきにポンタ君に会いに行きました。そして、ポンタ君は一人暮らしの老婦人が飼っていらっしゃること、でもその方は犬がお好きではないこと、ポンタ君はこの生活を10年余り続けていることなどがわかってきました。

Yさんはますますポンタ君をなんとかしてあげたいと思うようになり、奥様と一緒にその老婦人の元へ行き、散歩の許可をもらうことにしました。 老婦人は「良いよ。でも、あの犬は咬みつくで、知らんからね」とあっさり承諾してくださいました。

 Yさんはポンタ君が咬みつくような犬ではないことはよく知っていましたし、それからは頻繁に散歩に連れて行き、こっそりご馳走もあげるようになりました。

そんなある日、その老婦人が「うちに毎日知らない人が来るとご近所の噂になるし、もう来ないで欲しい。犬はあげるから」とおっしゃったそうです。残念ですが、独り暮らしの高齢者を狙った詐欺事件が増えている昨今、身内の方が心配されるのも致し方ありません。 

ただ、Yさんにとっては嬉しい展開でしたが、実はYさんの家には、お互いに仲の良くない猫が4匹いて、ご夫婦の手を焼いていました。何かのきっかけで喧嘩になり、その喧嘩の仲裁にはいり、Yさんご夫婦が大怪我をしたことは、一度や二度ではありませんでした。

ポンタ君はとてもかわいいのですが、猫達と一緒に暮らすとなると、ポンタ君とそれぞれの猫達との関係、そして猫達同士の関係もどうなるのか不安でした。そこでYさんは、ポンタ君を家の外で飼うことにしました。

その後、折を見てポンタ君と猫達とを会わせてみたのですが、ポンタ君はどの猫とも喧嘩せず、鼻をすり寄せて…猫が戦闘態勢になっても、素知らぬ態度でうまくかわすことが出来るということがわかりました。 猫同士はよく喧嘩をするのですが、ポンタ君と喧嘩をする猫は1匹もいませんでした。Yさんは、これなら家に入れても大丈夫じゃないかと判断され、ポンタ君を家の中で飼ってみることにしました。

すると…ポンタ君は、それはそれはとてもお行儀の良い子でした。Yさんはこれまで何度も犬を飼われたご経験があるそうですが、これほどまでに良い子は飼ったことがなかったそうです。家にお客さんが来られたときも、散歩中に知人に会って立ち話をしている最中も、吠えずにおとなしく、そばに座って待っていました。Yさんは、ますますポンタ君を愛おしく思われるようになったそうです。 

しかしその後、ポンタ君は咳をするようになり、散歩に出かけると、ときに失神して倒れるようになりました。フィラリア症でした。ポンタ君は上述のような生い立ちなので、これまでフィラリア感染の予防などは、一切されてなかったのでした。

昔はフィラリア症の犬は多くいましたが、いまは良い予防薬がありますので、むしろ珍しい病気になってしまいました。ポンタ君は、そのフィラリアに長い間感染していて、心臓と肺に強いダメージがあったのでした。

フィラリアは、白くて細長い「そうめん」のような外見の虫です。これらが心臓付近にいると、柔らかくしなやかな心臓は、毎日鞭でたたかれているような状況となり、傷だらけになり硬くなってしまいます。結果的に、心臓は全身にスムーズに血液を循環させることができなくなり、心臓で血液が滞ると心臓サイズが大きくなり、隣の気管を圧迫して咳が出るようになります。また、急な運動時には頭に十分な血液が行き届かなくなり、失神してしまうこともあるのです。

ポンタ君は咳と失神は治りましたが、残念ながら、心臓のダメージが治った訳ではありません。これからもお薬を使ってしっかりコントロールしていかなくてはならない状態です。

それでも治療して咳がおさまったポンタ君を見て、Yさんは涙が出るほど嬉しかったそうです。「ポンタ、咳で何カ月も眠れない日々をよく我慢して耐えてくれたね。思いっきり甘えても良いからね。ちょっとくらい悪いことしても良いからね」とポンタ君に話すのですが…ポンタ君はお利口なので、全然悪いことをしないそうです。

(獣医師・小宮 みぎわ)