宿主のカマキリやカマドウマ(バッタの仲間)の行動をコントロールして、繁殖のために陸域から水域に移動する寄生虫ハリガネムシ。寄生された宿主は、泳げないのに水に飛び込み、時に魚のえさになってしまいます。本来なら水を避けるカマキリなどをどうやって水辺に導き、ありえない行動をさせるのか。神戸大、弘前大などの国際研究チームがその仕組みを解明しました。 

川や池に生息するハリガネムシは、幼生時に他の水生昆虫に寄生。その昆虫が羽化して陸上に出た後、カマキリなどに食べられることで、最終的な宿主を得ます。成熟するまで体内で過ごし、時が来ると宿主を入水させ、再び水中へと戻り交配・産卵します。入水した宿主は陸域に生還する個体もいますが、長くは生きられません。川で交尾・産卵 →水生昆虫体内→陸生昆虫体内→再び川、とその一生は神秘に満ちたサイクルです。

この宿主を川や池に入水させる仕組みは100年以上前から謎で、水面からの反射光の明るさ(光強度)に引き寄せられていると指摘されていました。しかし、川や池以外にも、河原の礫帯や光沢のある葉など、光を反射する環境は多くあるため、単純な明るさへの誘引だけでは入水行動を説明できませんでした。

研究チームが着目したのは水平偏光。水面の反射光には多く含まれて、水深や時間によって変化しますが、ヒトの目では確認できません。カゲロウやアメンボなどの水生昆虫は、水平偏光を手掛かりに空から水辺を的確に見つけられたり、産卵場所などを探したりしているとされています。また、陸生昆虫(サバクトビバッタなど)では、水辺に落ちてしまうのを避けるため、視認できるそうです。昆虫の眼にはどんな世界が見えるのでしょうか。

研究グループは、神戸大学大学院理学研究科の大林奈園さん(大学院生)、佐倉緑准教授、佐藤拓哉准教授と弘前大学大学院理工学研究科の岩谷靖准教授、奈良女子大学共生科学研究センターの保智己教授、National Changhua University of Education(台湾) のChiu博士。室内実験では、寄生されたハラビロカマキリと非感染のそれについて、筒の一方から偏光、他方から非偏光を照射する装置で10分後のカマキリの場所を記録。4つの光強度(薄明薄暮:〜150ルクス、曇天:2000と6000ルクス、晴天:15000ルクス)で調べたところ、感染カマキリは非感染に比べ、水平偏光側を選択する確率が高まっていました。さらに光強度が2000ルクス以上でより高い傾向がみられました。偏光の角度を垂直に変えた場合には、光強度や感染の有無に関わらず、偏光側を選択する傾向はみられませんでした。これらを踏まえ、ハリガネムシに感染したカマキリは、水平偏光に誘引されると判断しました。

神戸大の野外施設に、明るくない(光強度が弱い)が水平偏光を強く反射する池、明るいが水平偏光をほとんど反射しない池を作り、2つの池の間に配置した樹木に感染カマキリを放ち、定点カメラでビデオ観測しました。行動が確認された16個体の感染カマキリのうち、14個体が水平偏光を強く反射する池Aへの入水を確認。室内、野外実験の結果に基づき、感染カマキリは水平偏光に誘引されて自ら入水していると結論づけました。さらに、多くの感染カマキリが正午付近に入水するという新たな発見もありました。こうした研究成果は、米科学誌Current Biologyに掲載されました。 

■入水するカマキリの脳には何が起きている?研究者に聞く

ハリガネムシと宿主の異常行動を、森と川の生態系をつなぐ観点から研究している佐藤拓哉准教授(群集生態学)に聞きました。

―ヒトに寄生しないのでしょうか。この研究成果を聞いて以降、不安です。

「腹痛を訴えた人が病院で検査した際、ハリガネムシが体内から出てきたという症例は国内外に複数あります。ただ、現時点では誤飲の結果とみなされています。ハリガネムシが人体に寄生をして長く生きる、ヒトを操作するといったことを示す証拠はありません」

―安心しました…。そもそもハリガネムシの主な寄生相手はなぜカマキリなのでしょうか。ただ利用されるだけのカマキリが哀れです。

「ハリガネムシの幼体(シスト)が寄生している水生昆虫を食べてくれるので、陸域での宿主にしやすい。比較的大きいため、カマキリの体内で大きく成長できたくさんの卵を産めるようになる、などが考えられます。逆に、寄生されたカマキリは精巣や卵巣がほとんどみえなくなるくらいに退縮してしまい、十分に繁殖することはとても難しいです」

―入水するカマキリの脳の中では、何が起きているのでしょうか。

「これは未だほとんどわかりません。感染カマキリでは、活動量に関わるたんぱく質や光受容に関わるたんぱく質が多く発現しているという報告や、私たちの研究でも同様の機能と関わるかもしれない遺伝子の発現量が感染カマキリで高いという結果は得られています。ただ、それらが実際に、行動をどう制御しているのかはまだまだ謎です」

―カマキリにすれば、寄生虫はただただ厄介なだけの存在です。

「生物の研究をする際、通常、対象とする生物個体の形態や行動は、その個体の生存や繁殖に有利になるように制御されているという暗黙の仮定があります。しかし実際には、今日地球上に生息する生物種の約40%は寄生生物であり、すべての野生動物は少なくとも一種の寄生生物に寄生されているといわれています。野生動物にみられる多様な形態や行動の中には、寄生生物の影響を受けて表現されたものが多く存在するかもしれません。顕著な例である寄生生物による宿主操作の仕組みを紐解くことは、野生の生物の行動を操作する根本原理の発見につながるかもしれません。生物学のフロンティアになりえると考えています」

―寄生する、寄生された以外の何かがあるのですか。

「紀伊半島の川で調査した際、渓流魚が1年間に得るエネルギーの6割をハリガネムシに行動操作されたカマドウマから得ていたことを確認しました。エネルギーが森と川をまたいで寄生虫のおかげで回っているわけです。自然の生態系の中で、宿主操作が持つ未知の役割(森の虫を魚に運ぶなど)を明らかにできることは、まさに生物多様性科学の面白さだと考えています」

―ハリガネムシの話題に、漫画「寄生獣」(講談社)を思い出しました。地球外生命体の謎の寄生生物ミギーと共生することになった高校生が主人公です。

「寄生獣は必読漫画ですよね。僕は高校生のときに読みました。当時は生物学の研究をする、ましてや宿主操作の研究をすることも予想していませんでした。そして、これは完全なる漫画の世界の話で、起こりえないと思っていました。しかし、寄生者の宿主操作の研究を進めていくと、ゴキブリを毒でゾンビ化させる寄生バチや、宿主のアリが草食動物に捕食されるよう仕向けるためアリの脳を操る吸虫など、恐ろしい操作をしている生物がハリガネムシを含めたくさんいることに驚愕しています。寄生獣はまだかわいいのではないかとすら思いますね」 

(まいどなニュース・竹内 章)