いすみ鉄道で、観光急行や「レストラン列車」として運行されているキハ28系気動車が、老朽化を理由に11月27日で引退することになった。

いすみ鉄道では、鳥塚亮前社長時代に、同鉄道を活性化させる目的から、キハ52系気動車を導入して、観光急行が運転を開始した。

キハ52系気動車は、国鉄時代の1965年に製造された古い車両であったが、JR西日本からいすみ鉄道へ譲渡されるに際し、国鉄急行色の塗色に塗り直して、土日・祝日を中心に有料の観光急行を運行したところ、好評であった。

そこでJR西日本から急行型気動車であるキハ28を導入して、座席指定車として使用する以外に、キハ52と連結させて「レストラン列車」としても運行するなど、いすみ鉄道の看板列車となった。

だがキハ28も、1965年頃に製造された車両のため、エンジンなどの部品が不足するようになった上、製造から55年程度が経過しているため、老朽化が進行していたことも、引退する要因である。そして残念なことに、いすみ鉄道の観光急行と並ぶ看板の「レストラン列車」も、9月21日で運行を終了する。

いすみ鉄道に観光急行が誕生

いすみ鉄道は、国鉄木原線から転換された第三セクター鉄道であるが、転換後も存廃について議論されることになる。いすみ鉄道を活性化させるには、「民間人の社長が良い」となり、千葉県でタクシー会社の社長であった吉田平氏を、公募で社長に選んだ。吉田氏は、今日のいすみ鉄道の発展の元になる、オリジナルグッズの開発や、各種企画乗車券の発売など、様々なアイディアを出して、注目されるようになるが、9カ月後に千葉県知事選挙に立候補するため、社長を辞任した。

2代目の公募社長として就任した鳥塚亮氏は、吉田氏の考えを更に発展させ、観光急行や「レストラン列車」の運転を開始するようになる。

いすみ鉄道に所属するキハ28は、JR西日本富山地域鉄道部富山運転センターに所属していた車両であり、2011年3月11日までは、キハ58系気動車とのコンビで、定期運用に従事していた。

いすみ鉄道へ譲渡されると、国鉄急行色に塗装の変更を行い、2013年3月9日から先行導入されていたキハ52と連結して、急行列車として営業運転を開始した。そしていすみ鉄道の起点の大原は、伊勢海老が有名であることから、それを活用したイタリアンのフルコースや、懐石料理を提供する「レストラン列車」にも、活用されるようになった。

有料の急行列車は、国鉄時代に製造された車両を用いて、国鉄急行色に塗り替えるなど、国鉄の急行列車の黄金時代であった、昭和40年代の姿で運行され、人気が出るようになった。

それ以外に、急行列車が人気が出た理由として、車内には昭和時代の広告が掲示され、窓側には栓抜きの付いたテーブルが備わっている。そして車内放送時には、「アルプスの牧場」のオルゴールが流れ、車内は昭和40年代の国鉄の急行列車の雰囲気である。

かつて鳥塚氏が社長の時は、大多喜駅などに昭和40年代に製造されたボンネットバスなどを展示したしたところ、非常に好評であったという。やはり昭和40年代は、日本が一番輝いていた時代であったことが、影響していると考えられる。

いすみ鉄道では、キハ28の窓側には、栓抜きが付いたテーブル、キハ52にも栓抜きがあることから、それを体験してもらいたく、瓶入りのジュースも販売している。またかつて大原駅で「伊勢海老弁当」を、国吉で「里山弁当」を販売するなど、「昭和」という古き良き時代を体験出来る試みが、実施されていた。現在は、それらの駅弁の販売は実施されていないが、代わりに「たこ飯弁当」が販売されている。

現在でも、「昭和レトロ」を体験してもらいたく、車掌さんはがま口の財布を持つだけでなく、硬券の急行券に鋏を入れるなど、正しく「昭和」が感じられる。

そのような理由から、JR四国が急行「いよ」「うわじま」で使用されたヘッドマークを、いすみ鉄道に貸し出していた。

今日のJR四国は、優等列車は全て特急になっているが、国鉄時代の末期までは、急行が優等列車の主力であり、ヘッドマークを付けて、運転されていた。「いよ」「うわじま」のヘッドマークは、2021年10月9日から12月末まで、キハ28形に取り付け、土日・祝日に観光急行として、運行された。

観光急行は現在も人気が高く、いずみ鉄道の看板列車の1つになっているが、車両の老朽化に加え、メンテナンス用の部品の不足や車両故障などが多発するようになり、キハ28は2022年11月27日で定期運行を終了することになった。特に冷房用のエンジン関係の不具合が影響していると聞く。そして2023年2月上旬には、貸切などでの不定期運行も終了する予定である。

キハ28が引退する前に、残念ながら9月21日で「レストラン列車」の運行も終了する。

今後の観光列車に対する筆者の意見

いすみ鉄道のキハ52は、今のところは引退の話はないが、キハ28と同様に、製造から55年以上が経過しているため、何時引退しても不思議ではない状況にある。

観光急行は、いすみ鉄道の看板列車として人気が出たのだから、JR各社で引退が進んでいる昭和50年代に製造された、キハ40系を譲渡してもらい、国鉄急行色に塗り替えて、観光急行の運行の継続だけでなく、「レストラン列車」の運行も再開するようにしたい。

キハ40系に関しては、上総中野で接続する小湊鉄道が、JR東日本から引退したキハ40系を譲渡してもらい、イベントとして夜行列車を運転している。

「レストラン列車」に関しては、伊勢海老を使用したイタリアンのフルコースや、懐石料理のコースは、それぞれ大人1人当たり1万8000円もするなど、他社の「レストラン列車」と比較すれば割高ではあったが、利益率は高くなかった。いすみ鉄道には、1日乗車券と料理を手配した手数料程度しか、入らなかったという。

ただ大原から大多喜まで、観光客の誘致が可能となるだけでなく、利用者数が減少する大多喜〜上総中野間の利用も期待出来るため、いすみ鉄道の活性化という側面で見れば、プラスの効果があったといえる。

かつてキハ28とキハ52が、全般検査時に一般用の車両で「レストラン列車」を運行したことがあったが、当時の社長であった鳥塚氏がいうには、「キャンセルや苦情を覚悟していたが、殆ど影響はなかった。『レストラン列車』は、使用する車両は関係がないと結論付けた」とのことであった。

以上の理由から、キハ28が引退したとしても、「レストラン列車」はいすみ鉄道の看板列車の1つでもあり、一般用の車両で運転を再開させるべきだと考える。

いすみ鉄道を活性化させるには、「観光鉄道化」は不可欠であり、昭和時代を代表する国鉄急行色の塗色の観光急行だけでなく、「レストラン列車」も不可欠であるといえる。

◆堀内重人(ほりうち・しげと) 1967年大阪に生まれる。運輸評論家として、テレビ・ラジオへ出演したり、講演活動をする傍ら、著書や論文の執筆、学会報告、有識者委員なども務める。主な著書に『コミュニティーバス・デマンド交通』(鹿島出版会)、『寝台列車再生論』(戎光祥出版)、『地域で守ろう!鉄道・バス』(学芸出版)など。