ATMを3台設置してある銀行の店舗から、1台また1台と「緊急停止」の異変を知らせる警報を相次いで受信。「何があった!?」とざわめく監視センターへ、ATMを停止させた張本人から電話がかかってきた…。平成の初め頃、まだバブル景気冷めやらぬころに起きた衝撃の出来事だ。

3台あるATMから次々に紙幣がなくなって緊急停止

ATMにセットされている紙幣が減ってきて、一定の枚数を下回ったら「間もなく現金がなくなりそうですよ」を意味する「ニアエンド」という警報が、自動的に監視センターへ送られる。ATMの中に最大何枚の紙幣が入っているかは、セキュリティ上の理由で明らかにできないが、残り200枚ていどになると「ニアエンド」の警報が出る。そのままでもしばらく運転できるが、いよいよ紙幣がなくなりそうになったら、自動的に停止する仕組みになっていた。

警報を受信した監視センターは、なるべくATMが停止する前に警備会社へ連絡して、紙幣の補充を依頼する。だが、出動はそのつど別料金という契約だ。だから閉店時間が近づいている、あるいは複数のATMを設置してあるうちの1台からニアエンドの警報を受けても、あえて放置することがあった。

平成の初め頃は、サラリーマンの給与を銀行振り込みにすることが進められていたが、一部の企業ではまだ現金の手渡しだった。

筆者が勤務していた警備会社では、銀行休業日の監視センター業務を請け負っていて、銀行のスタッフと共同で西日本にある支店のATMコーナーの監視業務を行っていた。

ある夏の土曜日、いつものように監視センターに詰めていると、大阪市内にある支店で「ニアエンド」の警報が出た。3台設置してあるうちの1台だから、しばらく様子を見ようと判断された。この判断を下すのは、銀行の課長クラスが務める監視センターの責任者である。

ところが間もなく、ニアエンドの警報を送ってきたATMから「緊急停止」の信号が出た。お昼を過ぎたばかりの時間だが「残り2台動いてりゃ大丈夫だよ」と、責任者は余裕の表情だ。しかし、すぐにもう1台がニアエンドからの緊急停止。

「2台立て続けかよ!」

そういっているうちに3台目からもニアエンドの警報が出たかと思ったら、これが「紙幣詰まり」で安全装置がはたらいて緊急停止となった。何が起こったか分からないまま、この支店のATMは、すべて機能を失ってしまった。監視センターの責任者は、動揺を隠せない様子。

「何があったんや……。すぐ警備会社にいってもらうわ」

すると、この支店からオートホーンがかかってきた。オートホーンとは、ATMに備え付けてある、緊急連絡用の電話だ。

相手はATMを利用していたお客さんだった。声から判断すると、年配の男性である。

このお客さんがいうには、2台とも80万円を10回引き出したら止まってしまい、3台目は10回も引き出さないうちに止まってしまったという。当時、1回あたりの引き出し限度額が80万円だった。

このお客さん、ATMから1600万円以上も引き出していた。

「従業員のボーナスを払わにゃならんから、あと2400万ほど引き出したい」

どうりで、あっという間にATMが空になるはずだ。

間もなく警備員が到着するはずだが、補充用の現金カセットはあくまで予備なので、紙幣を満杯に詰めてあるわけではない。

社員のボーナスだといわれたら「今日はご遠慮ください」ともいえず、補充した予備カセットも、このお客さんがごっそり引き出していった。そして、やはりニアエンドが出た。だが、その後は利用する人が少なかったのか、停止することなく閉店までもちこたえてくれた。

一方、紙幣詰まりで停止した1台は、閉店時間までに復旧が間に合わなかった。紙幣を複雑に噛みこんでいて、警備会社のスタッフでは手に負えないため、メーカーのSEが翌営業日までに復旧させることになったようだ。

給与やボーナスを現金で支給していた時代の、今では考えられない珍事件だった。

(まいどなニュース特約・平藤 清刀)