◇川崎市内で記者会見

 横田めぐみさん(行方不明時13歳)が北朝鮮に拉致されてから40年となった15日、めぐみさんの父滋さん(85)と母早紀江さん(81)が自宅のある川崎市内で記者会見した。早紀江さんは「元気なうちに、めぐみちゃんだと分かる間に、1時間でもいいから会いたい」と切実な胸の内を明かした。政府に対しては「本当に信じてよかったのか」と、早期救出を唱えながら道筋さえ見いだせずにいることに不信感をにじませた。

 新潟市の中学1年だっためぐみさんは1977年11月15日、バドミントンの部活を終えて下校途中に消息を絶った。早紀江さんは「あの日のことは思い出したくない」と振り返る。元工作員の証言で97年に拉致疑惑が浮上するまでは拉致とは分からず、夫妻は、めぐみさんの写真を手に捜し回った。

 記者会見には、体調がすぐれず、最近は活動を控えていた滋さんも姿を見せた。この日の前日に誕生日を迎えていた。

 「おとなしい人が大変な仕事をさせていただいたが、我々は普通のおじいさんとおばあさん。非常に難しい問題を背負わされているという思いで、支え合いながらやってきた」。早紀江さんは、拉致被害者家族会の代表として先頭に立ち、署名活動や講演会で全国を飛び回ってきた夫の労苦に思いを寄せた。

 政府の取り組みについて聞かれると、早紀江さんは「一生懸命に知恵を練ってくださっているとずっと思っていたが、40年たっても何も分からない状況で、本当に信じていてよかったんだろうかという思いがある」と語った。

 自宅にめぐみさんの写真を飾り、顔のあたりをなでながら「いつになったら帰って来られるんだろうね」と語りかけている早紀江さん。滋さんは、拉致前日の誕生日にめぐみさんからプレゼントされたくしをタンスの中に大切にしまっている。

 「病気しないで、元気でいてください。お父さん、お母さんは弱ってきても、気持ちのうえでは頑張るから。最後まで頑張って助けるという気持ち、忘れていないから」

 記者会見で早紀江さんは53歳になっためぐみさんに決意を込めて語りかけた。その傍らで滋さんは繰り返しうなずいた。【内橋寿明、太田圭介】

 ◇横田めぐみさん拉致事件の主な経緯

1964年10月 5日 めぐみさんが名古屋市で生まれる

  76年       一家が新潟市に転居

  77年11月15日 めぐみさんが下校途中に拉致される

  87年 9月    めぐみさんが娘のウンギョンさんを出産

  97年 3月    拉致被害者が「家族会」を結成。滋さんが代表に

2002年 9月    日朝首脳会談。北朝鮮は「めぐみさんは死亡」と発表

  04年11月    北朝鮮がめぐみさんの「遺骨」を提供。後に別人のDNA型が検出される

  07年11月    滋さんが家族会の代表を退任

  14年 3月    横田さん夫妻がモンゴルでウンギョンさんと面会

  17年11月    早紀江さんら家族会がトランプ米大統領と面会