皇太子さまが即位される日が2019年5月1日に決まった。同年11月に行われる見通しの「大嘗祭(だいじょうさい)」には、さまざまな調度品が全国から集められる。とりわけ重要な調度品とされる2種の織物は、古来、徳島県と愛知県東部から調達されてきた。地元の生産者は今回も宮内庁から依頼が来るのを楽しみにしている。

 徳島県で作られるのは麻布の「麁服(あらたえ)」。古代豪族の忌部(いんべ)氏が調達を担当したことが、平安時代の儀式書などに記されている。子孫として代々その役割を務めてきた三木家は、徳島県美馬市木屋平(こやだいら)にある。

 山間部に位置する木屋平は「西日が差さない」「風雨が強く当たらない」など良質の大麻が育つ条件がそろっている。天皇陛下が即位した翌年の1990年11月に行われた平成の大嘗祭も、宮内庁の依頼で麁服を納めた。

 55年ごろには6500人を超えていた木屋平の人口は当時、1600人まで減少していたが、三木家の現在の当主、三木信夫さん(81)や周辺住民が協力して引き受けた。

 作業は大麻の畑を作るために杉を伐採して約20アールの更地を作ることから開始。大麻は法律で譲渡や所持が禁じられているため、県の許可を得て4月に種をまいた。過激派の妨害などを避けるため、住民が交代で畑を警備。7月に約2.5メートルに成長した大麻を収穫し、糸を紡いだ。徳島県内で機織り作業を行い麁服として宮内庁に届けた。

 三木さんは「麁服の原料の大麻は人の手が入っていない場所で生産しなければならず、伝統を守るため地域の協力が必要だ」と話す。作業に携わった会社員、谷西茂喜さん(69)は「一代一度といわれる行事に関われるのは誇りだった」と語る。

 一方、愛知県東部は古くから「※服(にぎたえ)」と呼ばれる絹布を大嘗祭に献上してきたと伝えられる。同県豊田市稲武町で生産された繭は、大正の大嘗祭から※服に使われていることが記録上、明らかになっている。明治初期に地元の旧家・古橋家が桑の苗を近くの住民らに配り、養蚕が盛んになったのがきっかけだという。(※は糸へんに曾)

 平成の大嘗祭の時は養蚕農家3戸が繭の調達に協力した。現在は養蚕を生業とする農家は残っていないが、60〜80代の住民が技術の伝承に取り組んでいる。平成の大嘗祭で繭の調達に協力した金田平重(へいじゅう)さん(88)は「大嘗祭に関わることは地域を盛り上げる大きなチャンス。依頼が来たらぜひ引き受けたい」と話している。【後藤豪】

 【ことば】大嘗祭(だいじょうさい)

 天皇が即位後初めて新穀を神前に供え、自らも口にする伝統的皇位継承儀式。戦国時代に途絶えたが、江戸中期に復活した。平成の大嘗祭は皇居・東御苑に大嘗宮を造営し1990年11月に行われた。大嘗宮内の「悠紀(ゆき)」「主基(すき)」の二つの神殿に「麁服(あらたえ)」「※服(にぎたえ)」と称する織物を供えた。