電車内や教室、職場など場所を問わず便意に襲われ、時には1時間以上トイレから出られない――。
消化器の難病「炎症性腸疾患(IBD)」の代表的な症状だ。突然の「便意切迫感」に苦しむ患者が直面する見えない壁を取り除こうと、全国で今、ある試みが広がっている。
「トイレを探して走り回ってきた人生」
中学1年生で症状が表れた北海道滝川市の山下克明さん(60)は、重症患者の苦しみをそう表現する。
1日10回以上トイレに駆け込むことは日常茶飯事だった。学生時代は体力が低下して体育に参加できなかったり、頻繁にトイレに行くことをからかわれたりもした。
23歳の時、IBDの一種、クローン病と診断された。その後も闘病を続けたが、14年前に「この生活が続くなら、大腸はない方がいい」と決断。大腸を全摘出し、腹部に人工肛門(ストーマ)を装着した。
患者数は29万人以上
IBDは消化器に炎症が起きる病気の総称で、消化器全体に症状が起こりうる「クローン病」や、大腸に炎症が起きる「潰瘍性大腸炎」などの指定難病が含まれる。
国内で少なくとも29万人の患者がいるとされ、10〜20代の発症が多い。
自身も潰瘍性大腸炎の闘病経験がある、「おうちの診療所 中野」(東京都中野区)の石井洋介院長によると、発症の原因は不明で、完治につながる治療法は確立されていない。
症状は便意切迫感に加え、腹痛、下痢、貧血、発熱、肛門が腫れて痛む痔瘻(じろう)など多岐にわたる。
トイレの頻繁な利用や食事制限で行動の幅が狭まるケースは珍しくなく、進学や就職で壁に直面する患者も多い。
ただ、世間での認知は進んでいない。製薬会社「アッヴィ」が2020年に実施したアンケートでは、一般回答者の56%がIBDを「全く知らない」と答えた。
「神の助けだ」
そんな現状を変えようと、同社は22年、IBDへの理解向上を目指すプロジェクトに乗り出した。
トイレの貸し出しに協力する店舗に「I know IBD ご遠慮なくどうぞ。」の文字とトイレットペーパーのマークをあしらったステッカーを掲出する取り組みだ。
賛同する店舗は公式サイト上の「トイレMAP」に掲載されている。
25年3月末時点の協力店は、全国の薬局やホテルなど173社3112店舗。都道府県別では北海道が最も多く、18社393店舗以上が参加している。
道内の全54店舗で協力するナカジマ薬局では、山鼻店(札幌市中央区)の担当者が、「見た目ではわかりづらい患者さんの心配を少しでも減らせたら」と参画を社内で提案。コストがかからないこともあり、スムーズに導入が決まった。
クローン病を患う山下さんは「患者は人目を気にし、『トイレを貸してほしい』と言い出しにくい。便意に襲われた時、目の前にステッカーがあれば、『神の助けだ』と思うほどだ」と歓迎する。
アッヴィの担当者は「認知度の低さや誤解によって生じる『見えない壁』をなくし、患者さんが何かを諦めなくていい社会にしたい」と語り、協力を呼びかけている。【森原彩子】


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