第88回都市対抗野球大会第4日の17日、今年創部100年目の神戸市・兵庫県高砂市の三菱重工神戸・高砂側のスタンドに、同県野球連盟顧問の岡正博さん(68)の姿があった。1970年大会決勝で大会史に残る「延長十四回引き分け再試合」の末、チーム史上最高成績の準優勝を果たしたメンバーの一人。チームは敗れたが、「悲願の優勝は101年目に持ち越しだ」と後輩のこれからの活躍に期待した。

 チームは全国的に野球人気が高まり、実業団野球が発展しつつあった1918(大正7)年、「三菱造船神戸硬式野球部」として創部。都市対抗には35年の第9回大会の予選から参加し、62年の第33回本大会に初出場した。

 徳島商高出身で67年に入社した岡さんは3番・右翼のレギュラーだった。準優勝した70年大会決勝には、苦く、忘れられない記憶が残る。当時は後楽園球場。決勝の相手は、後にプロ野球ヤクルトの左腕エースとして活躍した安田猛投手を擁する静岡県富士市・大昭和製紙だった。1点を先制した直後の四回、岡さんは相手先頭打者の打ち上げたライトフライを雨や照明の光で見失い、一気に三塁を陥れられた。その走者が還り、1−1のまま史上初の延長十四回引き分けに。翌日の再試合は0−3で敗れ、初優勝はならなかった。

 74年までプレーし、2004、05年には監督で本大会に出場。現在は県野球連盟顧問として歴代のチームを見守り続ける。「絶対的エースがマウンドを守る」ことがチームの伝統で、現チームで系譜を引き継ぐのは守安玲緒(れお)投手(30)だ。この日は味方の失策も絡み4失点したが、6回145球の力投を見せた。

 チームは九回、3点を奪い、2点差まで追い上げる粘りを見せた。「今日は惜しかった。優勝するまで、見守り続けることが、チームや会社に対する恩返しです」。グラウンドの現役選手に、古豪復活の思いを込めた。【黒川優】