声援の代わりとなる拍手が、いつまでも鳴りやまなかった。誰も成し遂げたことがない序二段からの復活優勝に、照ノ富士は「続けてきて良かった。最後に笑える日がくると信じてやってきた」と、あふれる思いを口にした。

 勝てば優勝の一番。立ち合いで長い手を伸ばして左上手をつかみ、右でもまわしを引いて御嶽海を寄り切った。前日の黒星の影響を感じさせず、「一日一番、昨日は昨日で終わり。前向きにやった」と気持ちは切り替わっていた。

 関脇だった5年前の優勝は、大関昇進を引き寄せる「イケイケのとき」だった。その後両膝のケガや内臓疾患を患い、番付を落としていった。何度も引退を申し出たが、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱・旭富士)は認めず、「ケガを克服し、本人も納得できてから(引退)と思った」と説得を重ねた。

 どん底から再出発した土俵人生は、元横綱候補を精神的にも成長させた。場所前、新型コロナウイルスの影響で思うような稽古(けいこ)ができなくても、四股やすり足などの基礎運動を繰り返し、2年半ぶりの幕内で戦えるようにと下半身を鍛え直した。「こういう時期なので、勇気と我慢を伝えたいと思った。一生懸命やっているといいことがある」。表彰式で審判部長として優勝旗を渡した師匠も「よく頑張ったと言いたい。勝つたびに波に乗っていった」と喜んだ。

 取組後、国技館の壁にかかる2015年夏場所の自身の優勝額を見上げた。「(時がたって)消える前に、もう一つ飾りたいと思っていた」と照ノ富士。思いをかなえ、新たな歴史を刻んだ。【村社拓信】