序二段まで落ちた大関経験者が再入幕の場所で優勝を果たす「史上最大の復活劇」を演じた照ノ富士。照ノ富士の付け人を務めていた元幕下・駿馬の中板秀二さん(38)は、快挙を目の当たりにし「目標は確実に達成すると思っていたが、こんなにも早く(優勝を)決めるとは」と驚きと喜びを交錯させた。

 2019年夏場所を最後に現役を引退し、現在は東京都内の介護施設で働く中板さん。毎日テレビで照ノ富士の取組を見ながら「もともと強引な取り口で、豪快さが売りのようなところもあったが、今は正攻法。自分の型ができ、膝がしっかり曲がっているからけがもしない」と話す。

 石川県出身の中板さんは、杏林大から元横綱・二代目若乃花が師匠だった間垣部屋(当時)に入門。弟弟子として入ってきたのが、当時は若三勝だった照ノ富士だ。親方の健康上の理由で13年春場所後に間垣部屋が閉鎖。照ノ富士らとともに伊勢ケ浜部屋に移籍し、同年秋場所で照ノ富士が十両に昇進すると付け人になった。照ノ富士が「自分の部屋のどこに何があるかも分からない。すべて駿馬さんが知っている」と話すほど大きな信頼を受け、苦楽をともにした。

 15年夏場所後に23歳で大関に昇進した照ノ富士だが、その後は両膝のけがに加え肝炎や糖尿病などを患い、番付を下げていった。幕下に落ち、中板さんが付け人を外れた後は何度も引退を口にしていたといい、苦しむ姿に「落ち込んで、このままつぶれてしまうのではないかと思った」と振り返る。

 中板さんの最後の出場となった19年初場所後、4場所連続全休中だった照ノ富士から「また、場所に出ますよ」と伝えられた。弟弟子の復活に、中板さんは「昔から有言実行の人だった。これからはけがなく、全力で土俵に取り組んでほしい」とエールを送った。【村社拓信】