家具小売大手のイケア・ジャパンが、2006年の開業以来、制服への着替え時間を労働時間に含めず賃金を支払っていなかった問題について、労働組合が結成されました。

今回は、事例の概要や、着替え時間が労働時間に該当するかどうかを解説します。

問題の概要

報道によれば、イケア・ジャパンは2006年の創業以来、着替え時間を労働時間に含めていませんでした。当然その分の賃金は支払われておらず、従業員から見れば「未払い」の賃金があることになります。


イケア・ジャパンは、2023年9月1日から着替え時間を労働時間に含め、それに応じた賃金を支払う方針を示しました。具体的には、着替え時間を一律5分、1日あたり10分(出勤時と退勤時の合計)を労働時間に含めるとしています。これにより、従業員は年間で約4万円の給与増が見込まれるようです。


しかしながら、過去の分については「労働基準監督署より違法性が指摘されていない」として、未払い分を支払わないという方針をとっています。これに対して従業員は、イケア初の労働組合「IKEA Japan Union」を結成し、「過去の未払い分も支払うべき」と主張しています。

日本の労働基準法における「労働時間」とは

日本の労働基準法における「労働時間」は、労働者が使用者の指揮命令下で労働に従事する時間を指します。
労働基準法第32条によれば、労働者に対して、休憩時間を除き「1日8時間」「1週間に40時間」を超えて労働させてはなりません。法定労働時間を超えて労働させる場合には、労使間の協定(36協定)や、割増賃金の支払いなどが必要です。


労働時間に該当するかどうかは、客観的にみて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれているかで判断されます。労働時間の定義は、就業規則や契約文書の文字に縛られるものではありません。書面上では「労働時間に含まれない」とされていても、実際には使用者の暗黙の了解のもとに行われる業務は、労働時間として認識されるのです。


明示的な命令がない状況でも、従業員が事実上使用者の意向を受けて動いていると判断されれば、その時間は労働時間に算入される可能性があります。このように労働時間の計算は、形式よりも実質を重視する傾向にあり、労働実態の全体像を捉えることが重要です。


イケア・ジャパンのケースにおいて、着替え時間は、業務を行うための前準備です。制服での作業が義務付けられている以上、制服への着替えは、使用者の指揮命令下に置かれているといえます。

賃金請求権の時効について

賃金請求権の時効期間については、労働者が賃金を請求できる権利が発生してから、一定の期間が経過すると消滅するという制限が設けられています。労働基準法第115条によれば、賃金請求権は、その権利を行使できるようになった時点から5年間です。つまり労働者が賃金請求権を行使しなければ、5年後にその権利が消滅します。賃金以外の請求権に関しては、2年間で時効消滅します。


2020年4月に施行された改正労働基準法で、賃金請求権の消滅時効期間が2年から5年に延長されました(当分の間は3年)。背景にあるのは、約120年の時を経て実施された、民法の大幅な改正です。民法改正により、権利行使の時効期間が「知った時から5年、または発生してから10年のいずれか早い時点」で設定されました。これは「個人の権利をより長く保護する」という現代の法意識が反映された結果であり、労働者の未払い賃金に関する権利も例外ではありません。


民法の改正による「ねじれ」を解消し、労働者の権利をより確実に保護するための措置として、労働基準法も改正されています。改正法施行時には、すでに発生していた賃金請求権については、移行措置として3年間の時効期間が適用されます。


これは、法改正前に発生した請求権に対しても、ある程度の猶予を与えるための措置です。「改正後5年後に見直しを図る」といわれており、2020年の5年後、つまり2025年前後までは動向をみる必要があります。

今回のケースのポイント

イケア・ジャパンのケースにおいては、企業側が「着替え時間は労働時間に含まれる」と認めており、実際に賃金を支払う方針を立てているため、議論の余地はありません。問題は、「過去の未払い分について、どこまで請求できるか」という点です。


イケア初の労働組合「IKEA Japan Union」は、過去の未払い分も請求する立場をとっていますが、まず重要になってくるのは時効期間の確認です。改正前は2年の時効が適用されていましたが、改正後は「3年間」の移行措置がありました。この点を踏まえ、具体的な請求が可能な期間を特定する必要があります。また、請求可能な未払い賃金の総額を正確に計算することも必要です。

まとめ

「着替え」や「仮眠」「住み込み」など、一見業務から離れている状態にみえる場合でも、労働時間に含まれるケースは多くあります。たとえば事件番号「平成9(オ)608」(最高裁判所)のケースでは、警備員が24時間勤務中に警報や電話に対応する義務があるため、労働から完全に離れているわけではないと判断されました。仮眠時間であっても、いつでも業務に呼び出される可能性があるため、これを労働時間に含めるべきと判示されています。


イケア・ジャパン側は、労働組合から書面を受け取っていないとコメントしており、具体的な解決はまだ先になるようです。今後未払い分の請求がどのように進められていくのか、注目です。