サンケン電気の本社(埼玉県新座市)

2023年8月のM&A件数(適時開示ベース)は前年を22件上回る95件と、3月(105件)に次ぐ今年2番目の高水準だった。前年比プラスは6カ月連続で、国内、海外案件がいずれも好調を維持した。1〜8月累計は670件と前年を82件、率にして14%上回るハイペースで推移している。

一方、8月の取引金額(公表分を集計)は3903億円。7月に続いて1000億円を超える大型案件がなく、件数の割に金額は伸びなかった。ただ、サンケン電気が約600億円で米国企業を買収するのを筆頭に、100億円以上の案件数は11件と今年初の2ケタを記録した。

8月までの海外案件、前年比29件増の130件

上場企業に義務付けられている適時開示情報のうち、経営権の移転を伴うM&A(グループ内再編は除く)について、M&A Onlineが集計した。

8月の総件数95件の内訳は買収77件、売却18件(買収側と売却側の双方が発表したケースは買収側でカウント)。このうち海外案件は20件で、日本企業が買い手のアウトバウンド取引13件、外国企業が買い手のインバウンド取引7件だった。

海外案件の1〜8月累計は130件(アウトバウンド85件、インバウンド45件)と、前年101件(アウトバウンド56件、インバウンド45件)を29件上回り、コロナ前の2019年の127件(アウトバウンド98件、インバウンド29件)を超えて推移中だ。

適時開示ベース、M&A Onlineが集計

サンケン、磁気センサーの米クロッカスを買収

金額トップはサンケン電気がTMR(トンネル磁気抵抗)センサー大手の米国クロッカス・テクノロジー(カリフォルニア州)を買収する案件で、597億円を投じる。サンケンが手がけるM&Aとして過去最大。年内に取得完了を見込む。

TMR素子を使った磁気センサーは高感度が特徴で、電気自動車に代表されるe‐モビリティーをはじめ、クリーンエネルギー、オートメーションなどの成長分野での需要拡大が期待されている。

サンケンは米国半導体子会社のアレグロ・マイクロシステムズ(ニューハンプシャー州)を通じて、クロッカスの全株式を取得する。アレグロは1990年にサンケンが買収した会社で、2020年に米ナスダック市場に上場した。アレグロは磁気センサー技術を強みの一つとし、クロッカスと相互補完関係にある。

2位は伊藤忠商事が手がける案件で、住宅資材大手の大建工業をTOB(株式公開買い付け)で完全子会社化する。買付代金は最大497億円。現在、伊藤忠は大建工業株式の36%超を持つ筆頭株主。大建工業は国内の住宅市場が縮小に向かう中、非住宅市場や北米事業の拡大を課題としており、総合商社のネットワークを活用して新市場開拓を進める方針だ。

オープンハウス、「渦中」の三栄建築設計にTOB

金額トップ10には伊藤忠をはじめ、TOB案件がずらりと並び、7件を占めた。

なかでも注目されたのが戸建住宅大手、オープンハウスグループによる同業の三栄建築設計の買収発表。三栄建築設計は創業者で元社長の小池信三氏による暴力団幹部への金銭供与問題で上場企業(東証プライム)としての信頼性が揺らぐ事態を招いていた。

オープンハウスは三栄建築設計の全株式取得を目指し、8月半ばから買い付けを始めた。買付代金は最大429億円。小池元社長らは保有する約64%の株式についてTOBに応募することで合意。小池氏の影響力を排除し、経営の正常化につなげる。

三栄建築設計をめぐっては海外投資ファンドが触手を伸ばしていたとされるが、オープンハウスが素早い経営判断で機先を制した形だ。三栄建築設計は上場子会社として、建設工事や関西圏で戸建住宅事業を手がけるメルディアDCを持つ。

三栄建築設計(写真は登記上の本店所在地、東京・西荻窪)

印刷インキ中堅のT&K TOKAは米投資ファンドのベインキャピタルによるTOBを受け入れて株式を非公開化すると発表した。買付代金は最大319億円。2024年1月に買い付けが始まる見通し。T&Kに対しては今年1月に英投資ファンドのニッポン・アクティブ・バリュー・ファンドなどが敵対的TOBを行い、最大44%の株式取得を目指したが、予定数に応募が届かず、不成立になった経緯がある。今回はT&Kが賛同する友好的TOBとなる。

株式の非公開化に向けた東芝のTOBがいよいよ動きだした。8月8日、国内投資ファンドの日本産業パートナーズ(東京都千代田区)陣営による買い付けが始まった(9月20日まで)。総額は2兆円。東芝がTOBの受け入れを決定したのは今年3月末。各国競争当局の承認など手続きの完了を踏まえ、ゴーサインが出た。


名鉄運輸と日本通運、「特積」統合へ

8月に業種別で比較的目立ったのは物通関連で、5件あった。

三菱食品とキユーソー流通システムは食品を中心に首都圏での低温物流事業を2024年4月に統合すると発表した。トラックドライバーの不足が懸念される物流の「2024年問題」や環境負荷の少ない物流構築が求められているのに対応する。

名古屋鉄道は子会社の名鉄運輸とNIPPON EXPRESSホールディングス(NXHD)傘下の日本通運と特別積み合わせ貨物事業(特積事業)を統合することで合意した。不特定多数の荷主を1台の車両にまとめて積載して輸送するのが特積。名鉄運輸と日本通運は2015年に資本業務提携し、特積に関する集配の共同化や拠点の相互利用に取り組んでいた。事業統合は2024年4月から段階的に進められる。

また、NXHDはイタリア子会社を通じて、欧米で高級家具の物流を手がけるスイスのトラモを傘下に収めることを決めた。NXHDは近年、高級アパレルブランドを中心にハイファッション分野の物流強化に力を入れており、その一環。

◎8月M&A:金額上位(10億円以上)、HDはホールディングスの略

1 サンケン電気 TMRセンサー技術の米国クロッカス・テクノロジーを子会社化 597億円
2 伊藤忠商事 大建工業をTOBで子会社化 497億円
3 大和工業 インドネシア鉄鋼大手GRPの形鋼事業を取得 483億円
4 オープンハウスグループ 三栄建築設計をTOBで子会社化 429億円
5 新東工業 表面処理関連製品・サービス提供のフランスElastikosを子会社化 408億円
6 T&K TOKA 米投資ファンド、ベインキャピタルのTOBを受け入れて株式を非公開化 319億円
7 チェンジ・HD イー・ガーディアンをTOBなどで子会社化 162億円
8 焼津水産化学工業 国内投資ファンドJ‐STARのTOBを受け入れて株式を非公開化 130億円
9 ロックペイント MBOで株式を非公開化 113億円
10 キヤノンマーケティングジャパン 東京日産コンピュータシステムをTOBで子会社化 109億円
11 キョウデン 創業者の橋本浩氏が主導するTOBで株式を非公開化 105億円
12 フリークアウト・HD ユーチューバー事務所大手のUUUMをTOBで子会社化 97.4億円
13 ヤマタネ 弁当・給食向け業務用食品卸のショクカイ(東京都台東区)を子会社化 69.4億円
14 ヨシムラ・フード・HD ホタテ加工大手のワイエスフーズ(北海道森町)を子会社化 60.6億円
15 エル・ティー・エス 業務用ソフトウエア開発のHCSホールディングスをTOBで子会社化 51.2億円
16 ラクスル 印鑑ネット販売のAmidAをTOBで子会社化 40.1億円
17 ダイヘン ドイツ溶接機メーカー大手のローヒ・シュヴァイステクニックを子会社化 34.1億円
18 アドベンチャー 旅工房を第三者割当増資引き受けで子会社化 31.1億円
19 REVOLUTION MBOを受け入れ、スタンダード上場は維持 25.2億円
20 JDSC DM発送代行のメールカスタマーセンター(東京都港区)を子会社化 22.2億円
21 電気興業 画像処理関連のサイバーコア(盛岡市)を子会社化 15億円
22 SHIFT システム開発のヒューマンシステム(東京都港区)を子会社化 13.9億円
レオパレス21 物流倉庫事業のシンガポール子会社ASPENN INVESTMENTSを両備ホールディングス(岡山市)に譲渡 13.9億円
24 MORESCO ダイカスト離型剤メーカーの米CROSS TECHNOLOGIESを子会社化 12.8億円
25 武蔵精密工業 ニデックドライブテクノロジー(旧日本電産シンポ)から無人搬送台車事業を取得 11.4億円

文:M&A Online