2月1日の「サワコの朝」のゲストは、俳優の毒蝮三太夫さん。昨年、放送50周年を迎えたTBSラジオ「毒蝮三太夫のミュージックプレゼント」での冴え渡る毒舌トークを始め、“ババア”でお馴染みの“マムシ節”が多くの人々に支持されています。しかしながら、長い歩みの中では“ババア”と呼ばれたことに腹を立て、帰ってしまった方もいたとか。番組では、毒舌を始めたきっかけや、“愛されるお年寄り”になる秘訣をサワコに披露してくれました。

名付け親は立川談志&圓楽!俳優らしからぬ芸名の由来

「口は悪いが、心はエンジェル。本当に優しい方です」と、サワコに紹介され登場した毒蝮さん。「もうババアと呼ばれても大丈夫」と、すぐさま構えるサワコに対し「その権利は大いにある」と応えると「でも、今は90歳以上の女性じゃないとババアと言えない程、70、80歳の女性が若い」と、まずは"現代ババア"の線引きを説明。結果、サワコは"ババア予備軍"に属すると発表し"ババア"までは「あと2〜3日かな」と笑いを起こしました。そんな毒蝮さんは、12歳の時に子役デビュー。30歳で挑んだ「ウルトラマン」の隊員役では、子供達のヒーローとして大ブレイクを果たしました。しかし、「この名前になってから俳優さんじゃないって言う人が多くなって」と切り出すと、俳優らしからぬ芸名は、落語家の立川談志さんから授かったものであることを明かしました。

芸名の候補の中には、山坂転駄(やまさかころんだ)、黒煙五兵太(くろけむりごへいた)等、奇抜なものが並んでいたそうで、毒蝮さんは「どれも嫌だった」と回顧。まだ"マシ"に思えたのが"蝮三太夫"で、仕上げに"毒"を加えようと提案したのは五代目・三遊亭圓楽さんだと告白。偉大な2人によって芸名が誕生したことを語りました。その談志さんについて「名前をつけてくれた恩人」と話す一方で「あんなに嫌な奴もいない。だって3回殺そうと思ったもん。未遂だっただけ」と漏らした毒蝮さん。役者の世界から落語界へ呼び込もうと毒舌を浴びせられたのが理由だと明かすと「だけど、今考えると80過ぎてテレビに出たりするのは談志のおかげですよ。うまく(名前で)プロデュースしてくれたんでしょうね」と感謝を述べました。

"ババア"で人気のマムシ節誕生秘話

昨年、放送50周年を迎えたラジオ番組「毒蝮三太夫のミュージックプレゼント」。一躍人気に火がついたのは、毒蝮さんが下駄履きでお年寄りの集まるお店を訪ねるコーナーで舞う、爆笑必至の"マムシ節"でした。番組では、放送の一部を紹介!そこから伝わってきたのは、アイドルさながらの拍手と歓声で迎えられた毒蝮さんの様子と、痛烈な毒舌で終始笑いの渦に包まれた現場の様子。「俺が言ったんじゃないんだけど」と前置きすると「歩くパワースポットって言われた」とその人気ぶりを嬉しそうに語りました。しかし、当初は丁寧なリポーターだったそうで、「俺は、浅草育ちなんで。(ラジオを聴いた)同級生から、お前の言葉で喋ってねぇじゃねぇか。たぬきババアとか草履の裏みたいな顔しやがってとか言ってんのに、何であんなにおしとやかに喋ってんだ?と言われたんです」と、違和感を指摘されたといいます。

「浅草の連中はね、おばあちゃんって言ったって返事しないんだから。"ババア"の方が尊称だ」と持論を展開すると、「おふくろが死んだ時に放送に行ったら、おふくろと同じ歳ぐらいのお年寄りがいた。元気なんだよ。"おふくろは死んだけどババアは元気だなって言ったのが最初。ポッと出ちゃった」とババア誕生の瞬間について説明。放送中に怒って帰る人もいたほど賛否両論あったというも「亡くなりそうなところに行って"ババアくたばれ"って言ってんじゃない。俺に突っかかってくるような元気な人」とあくまで"愛あるババア"なのだと話しました。こうした交流が評価され、21年前から大学で"マムシ流介護学"を教えている毒蝮さん。お年寄りとの独自のコミュニケーション論と、愛されるお年寄りなるために必要な"チャーミングさ"と"フェロモン"の大切さを語りました。

「サワコの朝」はインタビューの達人・阿川佐和子が土曜の朝に素敵なゲストを迎えて送るトーク番組です。MBS/TBS系で毎週土曜あさ7時30分から放送中。ゲストの心に残る音楽と秘蔵トークをお楽しみに!

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