都市空間に潜む感情と階層

 東京都心から郊外へ、あるいは下町から副都心へ。人々の移動には、単なる地理的な意味だけではなく、階層性、文化性、情緒性といった複雑な要素が絡み合う。

 タレントのマツコ・デラックスが2015(平成27)年1月の「月曜から夜ふかし」(日本テレビ系)で語った

「二子玉(にこたま。二子玉川の意味。東京都世田谷区の地区)ってほんと世界で一番キライかもしれない街なのよ」
「あわない、私は」
「無理だわ」
「だいたい世田谷に住みたいなんてやつは、ファッション誌に書いてあることを鵜呑みにするようなやつらよ」

「(小岩・赤羽・蒲田は)おしゃれディープ」
「(小岩は)知れば知るほどディープよ。逃げたくなるけど、逃げられなくなる」
「(小岩のディープさが)おもしろくてあえて住んでいる人もいっぱいいると思う」

との発言は、その表層的な好みや嗜好を超えて、都市と感情、空間とアイデンティティを巡る深層の構図をあぶり出している。ちなみに、マツコはこれまで同番組で繰り返しこのような発言をしてきた。つい最近もあった。特に東急田園都市線への嫌悪が有名だ。半分“ネタ化”している。

 本稿では、都市の快適さと魅力を形づくる構成要素を多面的に捉え、移動を通じて形成される社会的ネットワークや都市階層の再編を読み解く。そこに浮かび上がるのは、機能性や利便性では語れない都市の魔性ともいうべき引力である。

二子玉川(画像:写真AC)

二子玉川の歴史

 江戸時代、二子玉川は大山詣(神奈川県伊勢原市にある大山阿夫利神社への参詣。江戸時代に人気だった)の人々が通る大山街道沿いの宿場町だった。渡し船の茶屋街としても栄えた。明治に入ると、料亭街として発展する。東京からの行楽地としても知られるようになった。

 1920年代以降、東急玉川線(玉電)の開通により住宅地化が進んだ。二子玉川園などの娯楽施設も誕生し、人口が急増した。戦後は道路の拡幅や鉄道の整備が進み、街のインフラが整っていった。

 1969(昭和44)年、日本初の郊外型ショッピングセンターともいわれる「玉川髙島屋S・C」が誕生。街の中心的な存在となる。以後、郊外型商業施設の先駆けとなり、週末には多くの人で賑わった。1980年代から2000年代初頭にかけて、駅の東口は西口に比べて発展が遅れていた。1982年、住民有志による再開発構想が立ち上がり、街全体の再整備が始まった。

 2000(平成12)年に都市計画が決定され、2005年から再開発が本格化する。2011年には大型複合施設「二子玉川ライズ」が開業。

・商業施設
・オフィス
・高層住宅
・公園

などを含む大規模プロジェクトだった。かつての静かな住宅地は、都市的な賑わいと自然が共存する街へと姿を変え、安全と清潔、利便性が揃った。

 現在、二子玉川は世田谷区の広域生活拠点として位置づけられている。下北沢や三軒茶屋と並び、魅力あるエリアとなっている。

二子玉川(画像:写真AC)

二子玉川が象徴する「人工的優位性」

 だが、そうした街が万人にとって居心地がよいかと問われれば、答えは否である。マツコが「世界で一番キライかもしれない」と断じたのは、ただの感情ではない。そこには、均質化された価値観に対する違和感、いわば

「選ばれし人の空間」

に感じる排除の論理がある。つまり、二子玉川の街は、「こうあるべき」が明確すぎる。

・身なり
・所作
・価値観

までもが自然と街の空気によってフィルターにかけられる構造がある。それは、無意識のうちに都市に対して順応を求める一方で、街に住む人の輪郭を削ぎ落としていく力でもある。前述の番組のインタビューに登場した世田谷区民女性の

「ここに住んでいるとセンスが磨かれる」

という言葉も、裏を返せば磨かれない者は淘汰されるという都市のコードを暗に示している。都市空間が豊かであればあるほど、人はその豊かさに同調することを求められる。その同調圧力こそが、マツコにとっての「無理」だったのだのではないか。

小岩(画像:写真AC)

小岩・赤羽・蒲田の「予測不能性」

 一方で、マツコが「おしゃれディープ」と称した小岩、赤羽、蒲田は、対照的に雑多である。高度な再開発は進まず、昭和の風景を色濃く残す

・飲食街
・風俗店
・町工場
・個人商店
・外国人街

それらが混在する空間は、ある意味で無秩序であり、しかしそれが人間的でもある。

 小岩の「逃げたくなるけど、逃げられなくなる」という表現には、人の意識を攫う都市の魔性がある。整っていないがゆえに生まれる偶発性。すなわち、都市の魅力とは不完全であることなのではないか。このような街は、人が街に合わせるのではなく、

「街が人の多様性を受け入れる」

都市の皮膚が粗いからこそ、どんな肌質でも馴染める。つまり、規格外の生き方、生活時間、価値観までも受け入れてしまう寛容さが、これらの街には存在している。

 マツコはそれを「おしゃれ」と呼んだ。それは外見の話ではなく、都市の姿勢に対する賞賛である。価値観の流動性と偶発性を許容する空間のなかに、あえて住むという逆説的な自由がある。

赤羽(画像:写真AC)

都市間の文化的距離の拡大

 移動インフラの発達により、物理的な移動はますます容易になっている。だが、都市の意味的距離はむしろ広がっているように見える。例えば、小岩から二子玉川への移動に要する時間は電車で約40分ほど。だが、文化的・階層的距離は「40時間分」に等しい。

 この距離感は、単なる所得差では測れない。重要なのは、都市が自分に話しかけてくる声のトーンである。二子玉川は「こうあるべき」を囁き、小岩は

「どうでもいいよ」

と笑う。前者が緊張を生み、後者が弛緩を生む。人がなぜ特定の街に居着くのか。その答えは、移動の自由が保障された現代において、むしろどこにも属せないことへの恐れにある。だからこそ、逃げたくなるが逃げられない場所に、人は執着する。そこには、感情の根が張られてしまう。小岩のディープさとは、すなわち感情の残留に他ならない。

 近年、都市開発が進めば進むほど、整いすぎた街への反動として、あえて崩れた街に惹かれる人々が増えている。彼らは情報の洪水のなかで、選ばない自由を求める新世代だ。雑誌やメディアが推すおしゃれエリアに反発し、独自の審美眼で街を選ぶ。

 マツコが批判した「ファッション誌に書いてあることを鵜呑みにするやつら」という発言は、こうした都市嗜好の上書きへの警鐘である。つまり、再開発やブランディングがどれだけ進もうとも、それに抗う野性の審美眼は生きているということだろう。

 都市が階層の再編を試みるとき、しばしば“らしさ”という幻想がつくられる。二子玉川の“らしさ”、世田谷の“らしさ”。それに対して、小岩や赤羽は“らしさ”を拒否する。だからこそ、そこに住む人は自分のままでいられる。これは、移動の自由が生んだ定住の自己選択ともいえる。

蒲田(画像:写真AC)

経済合理性を超えた街のリアリティ

 結局のところ、人が都市を選ぶという行為は、自分がどのような物語のなかに生きたいかを選ぶことに等しい。完璧な街で、整った人生を送るのか。それとも、雑多で矛盾だらけの街で、あいまいさを受け入れて生きるのか。

 マツコ・デラックスの発言は、単なる好き嫌いではなく、都市をめぐる

・階層性
・価値観のせめぎ合い

を浮き彫りにする強烈な問いかけだった。「逃げたくなるけど逃げられなくなる」場所にしか宿らない、生活のリアリティ。そこには、経済合理性を超えた人の居場所の本質がある。

 そして、こうした都市のリアリティこそが、人々の移動欲求、定住意識、そして経済循環の在り方に影響を及ぼしている。未来の都市は、どこまで人を受け入れ、どこまで拒むのか。その判断は、街の再開発や政策だけでなく、こうした生活者の感性にこそ託されているのだ。