投資家としての一面も持つ各界のトップランナーに、投資への想いとオススメの本を訊く、こちらの企画。今回は、ロボアドバイザーによる個人資産運用サービスを提供するウェルスナビ株式会社のCEO柴山和久さん。

柴山さんは、日英の財務省で税制や金融などの仕事に従事したのち、マッキンゼーに転職。機関投資家のサポートを担当した経歴を持つ、正真正銘の“お金のスペシャリスト”。「全自動で国際分散投資ができる仕組みをつくりたい」との想いから、2015年に同社を起業しました。そんな柴山さんが考える投資の本質、投資スタイルに影響を与えた一冊を教えてもらいます。

世界基準の投資サポートを経験するも、個人では無理だと痛感

――柴山さんは、個人で資産運用をされた経験もお持ちとのこと。きっかけは何だったのでしょうか?

柴山:財務省時代にボストン留学していた頃に投資信託を、イギリスの財務省に出向していた頃に株式投資をはじめました。当時は、知識も経験もありませんでしたが、趣味と実益を兼ねてはじめてみようと思い、銀行に勧められるがまま、投資信託や株式を購入しました。

――運用はうまくいったのでしょうか?

柴山:ことごとく失敗しましたね。損失を出したり、売却してから株価が上がったりの連続でした。失敗の原因はいくつかあるのですが、有名な企業が運用する投資信託だからと冷静に判断せずに買ったり、名前だけは知っているけどよく知らない企業に投資をしてしまったりと、リスクとリターンをきちんと精査できていませんでした。

――それから、投資への向き合い方はどのように変わりましたか?

柴山:そのあと、財務省を辞めてからビジネススクールに留学したのですが、そこでファイナンスを基礎から学びなおしました。それ以降は、仕事でさまざまな投資に関わることになりましたが、個人での投資は世界全体に分散することに100%シフトしました。

――それはなぜでしょうか?

柴山:プロと同じことを個人でしようとしたら、プライベートの時間がなくなってしまうからです。私は、1社に数百億円規模の投資をしてリターンを得るファンドのサポートをしていましたが、プロが企業に投資をするときは、その企業についてチームで徹底的に分析します。それこそ徹夜も辞さないくらい力を入れていました。

この経験を通して、本気で投資のリターンを得るために、どれほど膨大な情報量やレベルの高い分析が必要か実感しました。逆に言えば、それくらい徹底的にやれば期待に沿ったリターンを得られる可能性があります。個人で投資をして大きな成果を上げている方もきっとそうされているはずです。

――世界屈指の頭脳をフル活用して、ようやく戦えるというわけですね。

柴山:それでも、うまくいかない場合もありますからね。世界中のプロが本気で取り組んで、それでも分析が足りないので、マッキンゼーなどの企業を頼るわけです。同じレベルのことをせずに成果を挙げられるかというと、それは“現実的な期待”ではないと思いますね。

――そう考えると、やはり厳しい世界ですね……。それで株式投資ではなく、世界経済への分散投資を選ばれたと。

柴山:そうですね。私は1社への投資サポートだけではなく、10兆円規模の資産を株や債券、不動産に分散する際のサポートもしていましたが、世界経済全体に対して幅広く分散することに合理性を感じました。それが、「長期・積立・分散」の資産運用を全自動で行う「WealthNavi(ウェルスナビ)」のサービスの土台にもなっています。

中長期的な資産形成を始める際には、まず、「長期・積立・分散」からスタートすることが大切です。そして、少し慣れてきたら特定の企業や国、産業や投資テーマへの投資にも挑戦してみる、という順番が良いと思います。そうすれば、私と同じような失敗を避けることができるでしょう。

新しい投資法の出現で迷いが生じたら読み返す『ウォール街のランダム・ウォーカー』

――では、柴山さんに影響を与えた書籍をご紹介いただけますか?

柴山:『ウォール街のランダム・ウォーカー』です。この本には、個人投資家が資産運用を行ううえで必要な知識がすべて入っています。アカデミックな裏付けをもとに、世界経済への分散投資が最も合理的な投資法であると主張しており、ミスリーディングなことは、一切書かれていません。私は古い版も持っていますが、現在発売されている第12版まで、だんだんと本が分厚くなっています。それは、批判に対しても丁寧に答えているがゆえだと思います。

――投資家のバイブルとも言われ、ロングセラーの1冊として有名ですが、柴山さんはどのような影響を受けましたか?

柴山:私の場合、投資やファイナンスの知識はビジネススクールで学んだので、この本から影響を受けたかというとちょっと違います。迷ったときに読んで、自信をもらっている本という意味で特別なんですよね。

それは、この本は “時間の試練に耐えられない投資”を選別する普遍的な方法を示しています。ファイナンスの理論に照らすと、おかしいものはおかしいと分かるのですが、みんな遠慮して言わないんですよね。しかし、著者のマルキール氏は、個人投資家向けに平易な言葉で、ちゃんとおかしいものはおかしいと主張する、非常にめずらしい学者だなと思います。

――なるほど。それほど信頼に値する一冊だということですね。

柴山:必要な知識が、一冊にまとまっているので非常にありがたいですね。ファイナンスや金融の分野はテーマが細かくて、それぞれのテーマについて書かれた本がたくさんあるのですが、この本はすべて網羅されています。なので、ちょっと迷ったり、不安になったりしたときは探せば答えが出てきます。自宅とオフィスに必ず置いていますが、いつも大きな自信を与えてくれますね。

――この本をどのような人に読んでもらいたいですか?

柴山:もっと投資の勉強をしたい方にはおすすめです。そもそも、投資の勉強をする必要があるか、ないかという議論もあると思います。人生にはやらなければいけないことがたくさんありますからね。

我々が提供している「WealthNavi(ウェルスナビ)」というサービスは、忙しく働く世代が、投資を学ばなくても長期的な資産形成を実現できることを目指しています。学ばないという選択をしても、普遍的な投資はできます。そのうえで、投資をもっと知りたいと思う方は、この本で学びが深まると思います。

――とはいえ、最新の第12版だと500ページを超えており、とっつきにくい印象もあります。

柴山:そうですね。しかし、投資について学びたいのであれば近道はないので、ぜひ全ページをしっかり読んでもらいたいと思います。というのも、ファイナンスや投資は哲学に近いからです。哲学も「哲学書のここだけ読めばいい」というものではありませんよね。同じように、この部分だけちょっと読めば、すべて理解できるというものではないです。

――確かに仰るとおりですね。

柴山:ただ、もしこの本の内容を理解できなかったからといって、長期的な資産形成を諦める必要はありません。繰り返しですが、学ばない選択肢があることを忘れないでほしいです。それは、新幹線に乗るときに、新幹線がなぜ動くのか原理を学ぶ必要がないのと同じようなもの。投資の原理原則を理解するのにハードルの高さを感じる人は少なくありません。しかし、原理原則を知らないと投資ができない社会は間違っているし、私はそうした社会を変えたいと思っています。


(末吉陽子/やじろべえ)