昭和の名経営者たちにはカリスマ性があった。「やってみなはれ」で知られるサントリーの佐治敬三氏は数々の伝説を作ってきた。そうした昭和の経営者たちが現在の「窮地の有名企業」を任されたとしたら、どんな打開策を巡らすだろうか。ここでは、『経済界』編集局長の関慎夫氏が、「もし三越伊勢丹の社長が佐治敬三氏だったらどうするか」を考えてみた。

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 先の決算で、大手百貨店の中で唯一、赤字を出した三越伊勢丹は、さらに今年度の赤字幅が600億円に拡大するとの見通しを発表した。

 新宿店、日本橋店、銀座店の3店舗で、インバウンド需要を主体に、売り上げ、利益のほとんどを挙げているという歪な収益状態だったが、新型コロナの影響で一気に需要がなくなり、窮地に陥っている。

 現在、恵比寿店など4店舗の閉鎖を決め、構造改革に取り組んでいるが、まだ成果は出ていない。

 他の百貨店が、店舗のフロアを貸して賃料で儲ける不動産事業に転換しているのに対し、三越伊勢丹は前任の大西洋社長時代に、売場づくり、商品開発、マーチャンダイジング力で勝負する百貨店の王道路線を進んできたが、その後赤字に転落した。今は他社と同じ路線に転換している最中で、三越創業の日本橋店にビックカメラの出店を受け入れたのは、同社の決意を表明した出来事だったと言える。

 百貨店の王道路線を否定され、三越伊勢丹の社員の多くは自信を喪失しているのではないか。そんな状況からの再生を任せるとしたら、サントリーの二代目社長、佐治敬三氏が浮かぶ。

 サントリーというと、創業者である鳥井信治郎氏の「やってみなはれ」の精神が経営の軸だが、それを実践してきたのが佐治氏だった。

 1960年代にウイスキーブームがあり、洋酒メーカーのサントリーはウイスキーさえ売っていれば経営は安泰だったが、佐治氏は「やってみなはれ」の精神で1963年にビール事業を立ち上げた。ところが、大手3社体制のなかでなかなか軌道に乗らず、ビール事業が黒字化したのは46年後の2009年で、執念で事業を成り立たせた。

「やってみなはれ」は正確には「やってみなはれ。やらなわからしまへんで」で、やってみるからこそ気づくこともあるという精神。実践主義であり、リスクを取りに行くという考え方でもある。佐治氏なら伝統を否定されつつある三越伊勢丹の社員に、この言葉をかけるだろう。

 佐治氏は大衆の心、欲求を敏感に察知することができる経営者でもあった。大衆に迎合するのではなく、本当に求めているものを察知して提示することができた。

“ダルマ”の愛称で親しまれた「オールド」はサントリーの大ヒット商品で、1970年代には寿司屋でもボトルキープされ、日本料理には日本酒という常識を覆した。当時、主流だった「角瓶」より少し上で、スコッチほどではないという絶妙な立ち位置で、大衆が豊かさを味わえる商品だったのである。

 百貨店が流通業の主流である時代は終わったが、百貨店が人々に豊かさ、贅沢さを提供する役割は変わっていない。だからこそ、人の心をつかみ、豊かさの演出ができるような人に経営を委ねることは有効な手段だと思う。

※週刊ポスト2020年8月14・21日号