「子供のため」を思って、できるだけ相続税を減らす努力をするという親世代も多いだろう。相続税対策の中でも、最も直接的なのが「生前贈与」だ。2015年の法改正により、相続税の基礎控除が削られた。課税強化を受け、中流層も“生きているうちに財産を子や孫に渡さなくては”と頭を悩ませているが、こうした対策が裏目に出るケースも少なくない。

 都内に自宅があり、預貯金と株などの金融商品を合わせ約1億円の資産を持つ70代男性も、生前贈与で失敗した1人だ。この男性にがんが見つかったのは70歳の時。

 2年の余命宣告を受けた男性は、死後に多額の相続税が課されると考え、4人の子供1人につき500万円を2年にわたり計4000万円、慌てて生前贈与した。贈与税の申告手続きと納付も遅滞なく行ない、相続税の懸念は消えたはずだった。

 ところが、男性が亡くなると、子供たちは税理士から「その4000万円は相続税の課税対象になる」と告げられた。当初の想定よりも、相続税が400万円も余分にかかることになったという。円満相続税理士法人代表の税理士・橘慶太氏が解説する。

「相続税の“3年内加算ルール”により、被相続人が亡くなる日の前3年以内の贈与財産は相続税の計算対象になります。この男性の場合、納付済みの贈与税は相続税から控除されるので二重課税はありませんが、相続税対策の意味がなくなってしまう。もし生前贈与を考えるなら、病気になって慌ててやるのではなく、長期計画を立てる必要があります」

 生前贈与に関する税制上の特例を利用して失敗するケースもある。北陸地方に住む男性は「住宅取得等資金の特例」を活用し、息子の住宅購入資金として非課税枠内の500万円を贈与した。

 ところが息子は、この特例の適用には税務署への申告が必要なことを知らなかったという。結果、通常の贈与とみなされ50万円近い贈与税を払うことになってしまった。

「この特例は、住宅購入を目的に親や祖父母から受ける資金援助なら、年間110万円まで非課税の暦年贈与に加え、500万円までの贈与が非課税となる制度です。利用する人は年々増えていますが、“非課税だから申告は不要”と勘違いし、申告期限を過ぎて気づくケースがとても多い。贈与を受けた翌年2月1日から3月15日までが期限ですが、1日でも遅れたら問答無用で課税対象となります」(前出・橘氏)

1人の子供に手厚い贈与で…

 生前贈与が子供同士の“争族”を招くケースは少なくない。2人の娘を持つ東海地方在住の男性は、結婚後も近所に住む次女に、住宅資金や孫の教育費などの援助を続けていた。一方、進学を機に東京へ出た長女は、そのことを知らなかったという。

 男性の死後、相続開始3年前までの贈与金明細を見た長女は、妹に2000万円近い援助が行なわれていたことを知り激怒。遺産分割協議をやり直したが、姉妹の関係はこじれ絶縁状態になった。

「1人の子供に手厚い贈与を行なうと、後にトラブルを招くことは非常に多いと心得てください。

 こうしたトラブルを避けようと、2500万円までの贈与が非課税となる“相続時精算課税制度”を使う人もいますが、これは相続時に贈与分を合算して課税するため“節税効果がまったくなかった”というケースが多い。また、制度を使った翌年以降は年110万円の非課税枠も使えなくなる。かえって税負担が大きくなる場合があるので注意が必要です」(橘氏)

 子供への生前贈与には様々な落とし穴がある。できる範囲での予習をして臨みたい。

※週刊ポスト2021年6月4日号