雇用主と労働者の間で残業代をめぐるトラブルは後を絶たない。労働に見合った対価の支払いを求めて裁判に発展する例もある。中にはやっとのことで残業代の支払いにこぎつけたが、すべて1円玉で支給するという嫌がらせを受けたケースも……。はたしてこの残業代の支払い方は認められるのだろうか。弁護士の竹下正己氏が実際の相談に回答する形で解説する。

【相談】
 建設会社でアルバイト。残業が多く、辞める際にバイト料とは別に、残業代も払ってほしいと通達しましたが、一向に払ってもらえず。それでも請求を続けたら、会社の人間が残業代11万8000円を1円玉で持ってきたのです。この嫌がらせ、1円玉でも支払われたのですから、文句はいえませんか。

【回答】
 お金の単位と発行について定めた「通貨の単位及び貨幣の発行に関する法律」があります。この法律では「貨幣は、額面価格の20倍までを限り、法貨として通用する」と規定しています。

 ここでいう「法貨」とは、通貨のことで、国によって強制通用力が認められた貨幣や紙幣のこと。強制通用力とは、通貨で金銭債務の履行ができることです。相手が受け取りを拒否しても、債務の履行を提供したことになり、支払い義務は残りますが、支払いを遅らせたという責任は生じません。

 前記の条項が額面価格の20倍までしか強制通用力を認めない「貨幣」とは、造幣局が鋳造し、国が発行するコインです。通貨には、日本銀行が発行する紙幣(日銀券)もありますが、コインだけ20枚までの限度があります。コインは500円、100円、50円、10円、5円、1円の6種類合計666円ですから、コインだけで支払う場合、全種類を使っても、その20倍の1万3320円が上限です。

 金銭債務は通貨で支払う必要があるというのが民法の原則ですが、この通貨は国が強制通用力を認めた貨幣や銀行券ですから、全部1円玉では20円しか債務支払いの効力はありません。また、そもそも一部の支払いでは、給料債務の本来の弁済にはなりません。

 よって、全額受け取りを拒否しても、11万8000円の支払いを求めることができます。労働基準法で使用主は「通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と定めているからです。

 通貨は強制通用力のある貨幣や日銀券のことなので、アルバイト先は労働基準法違反です。賃金全額支払いの義務に違反すると30万円以下の罰金となり、処罰される犯罪になります。賃金未払いの問題として、労働基準監督署に相談するのがよいと思います。

【プロフィール】
竹下正己(たけした・まさみ)/1946年大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年弁護士登録。

※週刊ポスト2021年6月18・25日号