スカイラインのレースカーと言えばグループAやGTなど、ベース車を活かしたクルマが思い浮かぶ。しかし、なかには市販車とは似ても似つかぬ「レーシングスカイライン」もあったのだ。

 S54に始まり、ハコスカGT-Rを経て休止期間の後に、当時のグループ5既定に沿ったスーパーシルエットでサーキットに復活したスカイライン。その迫力ある出で立ちで、シルビア/ブルーバードと合わせた日産シルエット軍団は大人気を博することになる。そして、このシルエットスカイラインとはまた別のレーシングスカイラインが存在したのだ。

こちらはスカイラインスーパーシルエット。大迫力のエアロパーツに、アクセルオフの度に噴くアフターファイアで人気を集めた。

 それは、82年から新しく始まったグループC規定に沿って作られた「スカイラインターボC」。元はシルエットと同じくグループ5規定で作られたのだが、日産社内で主導する部署が異なっていた。「シルエット軍団」とは別のグループ5スカイラインは、グループC規定へと発展していったのだ。

グループC規定のスカイラインターボC。一見シルエットと同じようにも見えるが…。こちらはシルエット。ピラー〜ルーフやウインドウの形状は市販車の面影を残している。こちらはCカー。ボンネットやルーフの高さ、形状は似ているようでまったく別モノ。

 83年に登場したスカイラインターボCは、見ての通りパッと見はスーパーシルエットを思わせ、エンジンもスーパーシルエットと同じLZ20Bターボを積んでいたが、ボディサイズがまったく違い、より幅広に、そして低車高で作られている。ただ、グループ5マシンを元とするため、異例のFRレイアウトを採用するグループCカーとなった。市販車ベースのグループ5と違い、グループCは純レーシングカーの規定なので周りは当然ミッドシップばかりであり、スカイラインターボCは苦戦を強いられる。

手前はグループCの名車、ポルシェ956。同じカテゴリーで闘うには正直無理があった…。

 そして84年は、ミッドシップのニューマシンへと生まれ変わる。完全なグループC規定の純レーシングカーでスカイラインの面影はまるで無いのだが、車名は「スカイラインターボC」のまま。一体どこにスカイライン要素が? と思いきや、ヘッドライトとテールランプはR30スカイラインのものを使っており、それで「スカイライン」を名乗っていたのだ。

84年の新型スカイラインターボC。ヘッドライトに辛うじてスカイラインの要素が。ドライバーは当然長谷見昌弘。

分かりづらいが、テールランプは市販車の丸テールをそのまま使っている。

 ちなみに当時、他の日産グループCカーも「フェアレディZ C」「シルビアターボ C」を名乗っており、申し訳程度に灯火類や市販車イメージのストライプが施されていた。「シルエット軍団」のイメージをグループCにも受け継ごうとしたのだろう。

こちらは「フェアレディZ C」。ヘッドライトとテールランプはZ31のものだ。ドライバーは「Zの柳田」。こちらは「シルビアターボ C」。デビュー当初はS12のテールライトを使い、フロントにもS12を思わせるストライプが入っていたが、写真の84年型にはそれすら無い。

 翌85年にはFJ24エンジンを経てVG30ETエンジン搭載のニューマシンを投入。車名には相変わらず「スカイライン」「シルビア」「フェアレディZ」が残されていたが、もはや灯火類すら共通ではなく、名前だけが市販車と同じという状態になる。そして86年から日産のグループCカーは、かつてのR38シリーズを思わせるR○○のネーミングとなり、異例の「レーシングスカイライン」の歴史は幕を下ろしたのだ。

「最後の」スカイラインターボC。車名以外にスカイラインの要素はもはやゼロ。「シルビアターボC」。大雨のWEC in JAPANで優勝し、翌年のル・マン24時間レースへの日産初参戦へと繋がった。「フェアレディZ C」。スカイライン、シルビアとはシャシーが異なる。

 ツーリングカーばかりのレーシングスカイラインの中でも突飛な存在だったスカイラインターボC。しかし、その後のル・マン24時間レースに代表される日産グループCカーの活躍の源と言える重要な存在でもあったのだ。