三菱自動車は本社ショールーム「My Play Ground」にて、世界ラリー選手権(WRC)で活躍したランサーエボリューションと当時の活躍をパネル展示する「WRC」展を、2021年9月下旬まで開催中だ。 Motor Magazine編集部では全盛時のエンジニアにドライバーズチャンピオン4連覇の舞台裏を単独で聞くことができた。インタビューしたのは三菱自動車 先行技術開発部のシニアスタッフ田中泰男氏だ。

ランサーエボリューションの強さの理由とは

編集部加藤(以下、編集) 「1996年から1999年までトミ・マキネンさんがドライバーズチャンピオンを4連覇されている、いわゆる強い三菱ランサーエボリューションの時代のことをおうかがいしたいのですが、その時の強さの理由、秘訣はなんだったのでしょうか?」

三菱自動車 田中(以下、田中) 「そもそもランサーエボリューション(以下、ランエボ)というクルマは、WRCで勝つために誕生したと言っても過言ではありません。それまではギャランVR-4をベースにしていましたが、モデルチェンジの時期を迎え、その車両ではグループAの最低重量1100kgをクリアするには大きく重かったのと、サスペンション構造が整備性の面で不利だったため、新たにWRCで勝てるためのパッケージングを持つ車両を開発する必要があったんですね。
そこで1クラス小さいランサーにギャランVR-4の2Lターボエンジンをと4WDシステムを搭載した車両が勝つためには必要だと会社に打診したのですが、最初は聞き入れてもらえませんでした。しかし、当時のホモロゲーションで2500台製造すればラリーに出られる、2500台ならいろいろなチャレンジができるということで、次第に社内のいろいろな部門から協力を得ることができ、ラリーに勝つためのランエボが誕生しました。量産車の発売後は市場からの反応が非常に良くて、ランエボはI→II→IIIへと進化させていくことができました。こうした市販車の進化とWRC参戦車の進化が相乗効果となって、WRCの強さにつながっていったんだと思います」

編集 「WRC参戦車を進化させる中で必要だったアイテムでも、さすがにこれは量産車には必要ないのでは・・・、というようなアイテムはなかったのでしょうか?」

田中 「WRCベース車両には必要ですが量産車にはどうか?というのもありました。インタークーラーのウオータースプレーなどはそうですね。あまり一般的なユーザーに必要ないものかもしれませんが、むしろこういうマニアックなアイテムほどランエボユーザーには喜ばれました。
そのほかにもセカンダリーエアシステムという、アクセルオフした時にターボチャージャーの回転を落とさないためにタービンの前にフレッシュエアを強制的に吹くシステムという、ビックリするようなメカニズムも採用されました」

編集 「そういうマニアックなアイテムこそ、ランエボユーザーの心をくすぐっていたのかもしれませんね」

田中 「そうですね。あとは、ランエボ IIIまではベースのランサーと同じサスペンション構造でしたが、ランエボ IVからはリアに専用のマルチリンクサスペンションを採用しましたし、ランエボ Vではトレッドを拡げるなど、ラリーに勝つための技術を量産車にも積極的にフィードバックしていくようになりました」

編集 「WRCで培ってきた技術を市販車にフィードバックする例の中で、うまくいかなかったものはないのですか?」

田中 「ランエボ IVから採用されている量産車では効果の高い「AYC(アクティブヨーコントロール)」については、WRCの参戦車でも研究・テストを繰り返したのですが、結果的にWRCカーに採用しませんでした。常に車両の限界領域で走行する一流のラリードライバーは車両側でヨーをコントロールするよりも、ドライバー自身でアクセルとブレーキを駆使して荷重移動をさせて自分でコントロールした方が速い、という結論になったんですね。
WRCドライバーはピンスポットでのセッティングで戦闘力を上げていくのですが、これを一般のユーザーに乗っていただくのは扱いづらい側面もあります。なので、量産車ではスイートスポットの広いセッティングに仕上げる必要があります。」

編集 「車両の進化も当時はスゴかったということがよくわかりましたが、そんな中で、ドライバーのトミ・マキネンさんというのはどんな存在でしたか?」

田中 「マキネンさんはとにかく勝つことに対して貪欲な人でした。メカニックが作業している脇で、彼はペースノートをずっと確認していましたし、ラリーが始まると、本当に勝つことに専念する、とてもストイックな人でしたね。当然、マシンの開発に関しても積極的に関わってくれて、技術的に正しいことなら彼の好みのセッティングをいろいろと採用していきました。また、マキネンさんはアクセル開度が100か0かというようなドライビングスタイルで、その分左足ブレーキでマシンをコントロールしていました。そんな中、デフの設定を結構シビアに要求されましたね」

編集 「2001年からグループAからWRカー規定の車両へとスイッチをしましたが、ここからランエボはWRCで苦戦を強いられていったような気がしますが、それはなぜだったのでしょうか?」

田中 「グループA規定では量産車を改造してラリー車に仕上げていきますが、WRカー規定では改造範囲が広く全体のパッケージングをいちから作らなければいけないということがあって、そのノウハウが足りなかったということがあったかと思います。
実際、他社は1997年からこれに取り組んできましたが、当初は苦労されたようです。しかし、WRカー規定導入から2〜3年経たところでノウハウもたまり、グループAで勝てないぐらい進化してしまった・・・。そこに追いつくためには、我々にも時間が必要だったということだと思います」

編集 「最後に、田中さんが三菱自動車に期待することがあれば教えてください。」

田中 「私が携わってきたモータースポーツ活動では、人・モノ・時間が限られた中で勝利のために何をすべきかを問われており、こういった環境がエンジニアを育てることに繋がったのではないかと思います。このような貴重な体験をできたことは本当にありがたいことで、ラリーを通じて得たノウハウを伝えて後進を育成しながら、お客様に喜んでいただける三菱自動車らしい、安心・安全で運転を楽しめる商品を提供していきたいと思っています。そして、いつの日か、ラリーの舞台で再び活躍することができたら最高だと思います」

編集 「本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。」
(インタビュー・文:Motor Magazine編集部 加藤英昭/写真:加藤英昭、三菱自動車工業)

カレーショップ「DELICA CURRY」をオープン

1969年に発売した初代「デリカコーチ」のキッチンカーをイメージし親しみやすい外観とした、テイクアウト専門のカレーショップ「DELICA CURRY」をオープン。三菱自動車の本社ショールームを訪れた人、近隣住民、そして勤務先の近い人などに、オリジナルカレーを楽しんでもらえるよう、カレールーは欧風、スパイシートマト、マイルドバターなどを日替わりで提供している。ライスやトッピングもお好みで選ぶことができます。