「10年ひと昔」とはよく言うが、およそ10年前のクルマは環境や安全を重視する傾向が強まっていた。そんな時代のニューモデル試乗記を当時の記事と写真で紹介していこう。今回は、メルセデス・ベンツ SLS AMG クーペだ。

メルセデス・ベンツ SLS AMG クーペ(2010年:ニューモデル)

1950年代の名車、300SLをオマージュしてガルウイング式ドアを採用した「SLS」は、AMGがすべてを独自に開発したスーパースポーツカーだ。子どもの頃はスーパーカー消しゴムで遊び、学生時代は映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を観てデロリアンのガルウイング式ドアに憧れた世代としては、このクルマに試乗できるのは感動モノだ。

乗り込んでみると、全幅1940mmのボディはけっこうワイドだ。高速道路の料金所では、思わずいつも以上にスピードを緩めてしまうほど。とはいえ、フル電動アジャストのシートでポジションはキッチリ決められるし、フロントフェンダーが盛り上がったデザインなので、前方左右の見切りはさほど悪くない。ただし、フロントミッドシップ レイアウトのため、とにかくボンネットが長い!

今回の試乗ではアクアラインを経由して千葉方面へ向かってみたのだが、海ほたるPAの上りスロープでは、ノーズが刺さりそうな気がしてしまう・・・。このフロントノーズの長さが、やたらと大きさを感じさせる原因に違いない。しかも試乗した日は、なんとミゾレ混じりの雨と強い風! ちなみにアクアラインは走行速度40km/h制限が発令中。実際その速度でも突風が吹くと、もともと直進安定性が高い上、平べったいスタイルにもかかわらず、ハンドルを取られそうになるくらいだったから、いかにひどい暴風ミゾレだったかお分かりいただけるだろう。

そんな中で役立ったのが、このガルウイング式ドアだ。これが普通の横開き式スイングドアだったら、ドアを開けるときに強風で持っていかれたのは間違いなく、隣に高級車なんか駐まっていたら、怖くて降りられなかったはず。だが、このガルウイングなら、わずか36cmの隙間があれば乗り降りOK。

メルセデスのスーパーカーらしく、特殊なクセはない

風でドアを持っていかれる心配もなく、雨にも濡れにくい。おまけにこのガルウイング式ドアは、[ランボルギーニ アヴェンタドール]などのシザーズ式ドアとは違い、真下に引き下ろすタイプなので、小柄な人でも乗り込みながら閉められる。実用性とデザイン性が見事にマッチしていた。このあたりはメルセデス・ベンツらしい、高級実用車としての真骨頂なのではないだろうか。などと言ったら大げさに思われるかもしれないが、実際SLSのすごいポイントは、2500万円近い車両価格のスーパーカーだというのに、特殊なクセがほとんどなく普通に使えるところにある。

わずか3.8秒で100km/hに到達するという、とんでもないパワーの持ち主ではあるものの、7速DCTのシフトスケジュールは4段階、ダンパーの硬さは3段階(オプション)で変えられるから、万人向けの機能を備えたジェントルなスポーツカーでもある。

さて、試乗日は超悪天候だったから、シフトスケジュールは当然「C(燃費優先モード)」を選ぶ。それでも足まわりは中間モードの「S」くらいがいい。天気のいい日でも、シフトスケジュールは「S(スポーツモード)」で足まわりは「S」を選びたい。つまり、あまりコンフォートに設定すると、かえってバランスが悪い。これはやはり、ボディ剛性を高めたら乗り込みにくくなったので、苦肉の策でガルウイング式ドアを採用したという300SLの血を受け継いでいるのかもしれない。

リジッドに結合されたトランスアクスル レイアウトのおかげか、メカニカルノイズなども大きめだし、オプションのカーボンブレーキは踏みはじめから効きがけっこう強い。やはりメルセデスとはいえスポーツカーの血が濃いようで、ラグジュアリーという雰囲気とは少し縁遠くなっているかなとは思わせた。

とはいえ、操作系なども普通のメルセデスとほとんど変わらないし、SLSは予算さえ許せば誰もが安心して乗れる気軽(?)なスーパーカーだ。乗り降りに気を遣う狭い都会でこそ、暮らしやすい1台かもしれない。

●全長×全幅×全高:4640×1940×1265mm
●ホイールベース:2680mm
●車両重量:1710kg
●エンジン:V8 DOHC
●総排気量:6208cc
●最高出力:420kW(571ps)/6800rpm
●最大トルク:650Nm(66.3kgm)/4750rpm
●トランスミッション:7速DCT
●駆動方式:トランスアクスルFR
●燃料・タンク容量:プレミアム・85L
●EU総合燃費:7.6km/L
●タイヤサイズ:前265/35ZR19、後295/30ZR20
●当時の車両価格(税込):2490万円