富士スピードウェイを舞台に、国内レース最長の戦いを繰り広げる「NAPAC 富士SUPER TEC24時間レース」が開催された。見どころのひとつは、開発車両専用クラス「ST-Q」クラスの挑戦。合成燃料、バイオフューエルに加え、世界初の液体水素燃料まで実戦に投入して「カーボンニュートラル」実現に寄与する。そこで今回は、水素エンジン搭載のGRカローラ H2コンセプトにスポットを当てよう。
速すぎれば走り切れず、遅すぎれば間に合わない。「CN」はまさに耐久レース?
2023年5月27〜28日にかけて、ENEOSスーパー耐久シリーズ2023第2戦「NAPAC 富士SUPER TEC 24時間レース」が開催された。富士スピードウェイを舞台に、15時スタート→15時(過ぎ)ゴールという長丁場に渡って、8クラス計52台が激闘を繰り広げた。
カテゴリーもマシンも、ドライバーの顔触れまで多彩なスパ耐に「開発車両専用」であるST-Qクラスが誕生したのは、2021年シーズンから。世界的に見ても稀有なカテゴライズに属するクラスだけに、基本的に賞典外の扱いとなる。それでもゴール直後の表彰式ではトヨタ、日産、ホンダ、マツダ、スバルがサポートする6チーム、31名のドライバーたちが揃って壇上に並び、互いの健闘をたたえあった。
そもそも24時間耐久レースでは、完走することそのものが栄誉と言える。ST-Qの場合は速さでしのぎを削るカテゴリーではない、というエクスキューズはあるにせよ、淡々と地道に周回を重ねていくことがどれほど大変なことなのか・・・外から見ているだけでは伝わらない苦労だってきっと、あるに違いない。
実際、とあるマシンの最終ドライバーからは、ラスト2周で突然トルクが立ち上がらなくなって、ギリギリでゴールを走り抜けたという話を聞いた。最後の最後で、ドライバーはもちろん大勢のスタッフ、サポーターたちの努力のすべてがおじゃんになってしまいかねないところだったのだから、文字通り「けっこう冷や汗もの」だったらしい。
ともあれ、このスーパー耐久シリーズST-Qクラスが目指す「クルマの未来」を切り拓くための取り組みは、まだ始まったばかり。耐久レース的に言うなら、やっとスターティンググリッドに立ったところ、と言えるかもしれない。
速すぎればトラブルのリスクを背負い、遅すぎれば目標に届かないところなど、「カーボンニュートラル」実現への戦いはどことなく、耐久レースに似ているような気もする。
だからこそそれを応援する側もまたそれなりの覚悟と期待を抱きながら、「戦いの行方」を根気よく注視し続けるべきだと思う。そこで不定期ながら、ST-Qクラス参戦チームのそれぞれの取り組みを折を見て検証していきたい。
「開幕」となる今回は、32号車「ORC ROOKIE GR Corolla H2 concept」の取り組みにスポットを当ててみよう。
●NAPAC 富士SUPERTEC24時間レースST-Qクラス 【使用燃料】参加車両/ドライバーリスト
【カーボンニュートラルフューエル】
●No28 ORC ROOKIE GR86 CNF concept
加藤恵三/山下健太/大嶋和也/豊田大輔/関口雄飛/佐々木栄輔
●No61 Team SDA Engineering BRZ CNF Concept
廣田光一/山内英輝/井口卓人/伊藤和広/佐々木孝太/鎌田卓麻
●No230 NISSAN Z Racing Concept
平手晃平/佐々木大樹/高橋明誠/松田次生
●No271 CIVIC TYPE R CNF-R
武藤英紀/伊沢拓也/大津弘樹/小出峻
【バイオディーゼル】
●No55 MAZDA SPIRIT RACING MAZDA3 Bio concept
寺川和紘/関 豊/井尻 薫/前田育男/阪口良平/堤 優威
【液体水素】
●No32 ORC ROOKIE GR Corolla H2 concept
佐々木雅弘/MORIZO/石浦宏明/小倉康宏/ヤリマティ・ラトバラ
新たな可能性を広げる「液体水素」で世界初!の快挙
2021年の初挑戦依頼、今やすっかりスパ耐名物となった通称「水素エンジンカローラ」こと32号車ORC ROOKIE GR Corolla H2 conceptは今シーズン、新たな変革の時を迎えた。
いわゆるICE(内燃機関)として水素燃焼のエネルギーを直接利用しているが、理論上はガソリンエンジンと同等の基本性能を実現しているという。水素を使って発電して電気モーターで走るFCEV(燃料電池車)のように、大容量バッテリーや電気モーターなどの機械的コンバージョンは必要ない。よりドロップインのイメージに近い、既存技術との親和性の高さが魅力だ。
今回、実戦投入されたのは「世界初」を謳う、液体水素を燃料とするシステムだ。こと市販モデルへのフィードバックという意味で注目すべきは、従来の圧縮水素に対して液体燃料は同容量のタンクなら約4倍多く充填が可能で、体積当たりのエネルギー密度も高いところ。
液体水素を搭載するタンクはデザイン的な自由度が高く、パッケージ性能も考慮しなければならない乗用車においては大きなメリットとなりうる。ちなみに水素エンジンカローラの場合は、満充填からの航続距離が従来比で約2倍に伸びているというから、すごい。
充填に必要なインフラが、コンパクト化できることもメリットといえるだろう。レースシーンにおいては、圧縮水素使用時と比べて4分の1程度の面積で済む水素ステーションを岩谷産業とともに共同開発することで、ピットエリア内での「給水素」を可能にした。ちなみに充填時間そのものは1分半ほどだという。
エンジンそのものは従来と変わらないが、燃料供給装置にはそれに対応したポンプを新たに採用している。
一般的には、気体ではなく液体水素を燃料として使用することがどれほどハードルが高いものかを理解するのは、難しいかもしれない。それでも、本来は3月に開催された開幕戦でデビューするはずだったマシンが、車両火災というトラブルに見舞われて出場を断念したことだけ見ても、それなりに課題が多いことは認識できるだろう。
技術的にはあくまで市販化を前提に取り組んでいる以上、その対策は付け焼刃なものでは許されない。だからこそ時間をかけて、高温となる部分への対策や万が一の水素漏れなどに対する異常検知機能の強化といった改良が施されている。
さまざまな技術的フィードバックが期待できる「358ラップ」
さて、気になるレースの結果はと言えば・・・32号車は見事に完走を果たした。決勝レースをライブ配信で視聴していた編集部スタッフによれば、ピットインしている時間がずいぶん長く、回数も多かったように思えたそうだ。なんらかのトラブルを抱えているのか?と心配したらしい。
実はそれは、大いなる誤解だった。新採用の超電導ポンプは数時間に1回の交換が必要で、しかも約3〜4時間の作業時間がかかることは、あらかじめ公表されていた。航続距離が伸びたといっても、30〜40分毎(事前には15ラップ毎と伝えられていた)に燃料充填のためにピットインすることもあって、24時間での周回数はけっして多くはなかったわけだ。
それでもレース中のベストラップは、2分2.760秒をマークしているから立派なものだ。1500〜2500ccの排気量でGR86やロードスターRFが含まれるST4クラス(おおむね1分59秒台から2分3秒台)と互角以上の「速さ」をマークしていることからも、そのポテンシャルは十分に高いと思える。
もちろん、クルマはエンジンだけで走るわけではない。今シーズンのマシンは液体水素の採用によって従来比で250kgほど重くなっているものの、それに合わせたボディ系の強化が施されるとともに、サスペンションのチューニングレベルも引き上げられた。さらには、4輪駆動システムの制御についても熟成が進められている。
勝敗はさておき、さまざまな意味で市販車への技術的フィードバックが期待できる「価値ある358ラップ」だった、と言えるだろう。
加えて、ル・マン24時間耐久レースでの水素燃焼エンジン搭載車の公認が決まったこともあって今後、トヨタを中心とした「仲間たち」による技術開発のスピードは、なおいっそう加速することが予想される。
水素を燃焼させて走るICEな市販モデルへの道のりはもしかすると、私たちが思っているほど遠くはないのかもしれない。(写真:井上雅行)