アジア初の乗用車生産工場であるトヨタ自動車・元町工場。そこには働く人や環境への「思いやり」が詰まっていた。なぜそれを垣間見ることができたのか、歴史的背景を紐解きながらお伝えする。

トヨタ生みの親、豊田喜一郎の父・佐吉が築いた「思いやり」

発明家・豊田佐吉が自動織機を開発した背景をご存じだろうか。佐吉の母が手足を酷使しながら織機を操る姿を見て「楽にさせてあげたい」と思った、その思いやりから誕生したのが「豊田式木製人力織機」である。これを皮切りに佐吉は次々とその発展型を発明し、「G型自動織機」の完成・生産拡大をとおして豊田自動織機製作所(現在の株式会社豊田自動織機)が設立された。

すなわち、佐吉の母に対する「思いやり」からすべてが始まったと形容できるが、現在でも社是のひとつである「温情友愛の精神を発揮し、家庭的美風を作興すべし」という言葉により、社員へと受け継がれている。

そして佐吉の長男・喜一郎が築き上げたのがトヨタ自動車である。世界一の自動車販売台数を誇る巨大企業へ成長したトヨタだが、その工場では喜一郎が佐吉から受け継いだであろう「思いやり」の精神を確認することができた。

長い歴史をもつ元町工場が担う役割は「継承と発展」

今回訪れた元町工場は、愛知県豊田市に1959年から操業を開始、初代クラウンの生産を皮切りにその歴史が始まった工場である。いまもクラウンセダンの生産が行われていると知ると、その尊さを痛感するほかない。近所にいる富裕なおじさまが長年乗っているクラウンも、高速道路ですばしっこい獲物を狙うクラウンだって、ここ元町で作られ、彼らのもとへ届けられているのだ。

さらに元町工場は、培ってきた老舗の技を継承しながらそれをさらに高めるべく、新たに採り入れた生産技術を自社の他工場に反映させるという役割を担っている。それはセンチュリーや初代MIRAI、歴代GRモデルやレクサスLFAといった当時の技術が凝縮されたモデルたちを送り出したのがこの元町であることを知れば、なるほど納得できるものだ。

工場内システムに垣間見えた働く人への「思いやり」

元町工場は工場面積約160万㎡、従業員数約9500人、年間生産能力約16万3000台を誇る、まさに巨大自動車工場。「世界のトヨタ」においてもその規模は相当なもので、国内工場の中では愛知県田原市の田原工場に続き2番目の大きさを有している。

こうした規模感の工場という資質から、大量生産を求められるという宿命ゆえ、現在では9車種の混流生産を行っている。HEVはもちろんOEMを含めたBEV、FCEVもその流れに従う。したがって組み立てを行う「現場」では膨大な知識とスキル、そしてスピードが要求されることも事実だ。

そうしたなか見学して驚いたのは、その要求に応えてもらうべく追求された工場内システムである。聞けば、管理者による作業員へのヒヤリングを頻繁に行い、どうしたらより効率よく、そして働きやすくなるか、といった現場の生声を反映しているという。まさに現場主義であり、作業員への「思いやり」が垣間見えた。

世界のトヨタ、だからこそ目指す環境への配慮

トヨタでは2035年に自社工場でのCO₂排出ゼロを目指すと表明している。その一環として元町工場では、場内のフォークリフトや移動用のバスにFCEVが用いられている。こうしたマルチパスウェイを掲げるトヨタらしい環境に対する「思いやり」も、今回の工場見学をとおして確認することができた。

世界のトヨタ、だからこそ目指す環境への社会的責任は、佐吉から脈々と受け継がれた「思いやり」によってアプローチされていることも非常に興味深い。この蓄積こそが今のトヨタを作り上げたと痛感した、今回の元町工場見学であった。