誰かをいつくしむ空からの視点で映画は始まる。立ち並ぶ木々の上をゆっくりと飛んでいく。森を、城下町を、城を、家を、人の営みを優しいまなざしで包むように。岩井俊二監督の最新作『ラストレター』は、まなざしの映画だ。誰のまなざしなのか? 順に紐解いていこう。

滝を目指す子どもたち(C)2020「ラストレター」製作委員会

【Story】自ら命を絶った姉・美咲(少女時代/広瀬すず)の葬儀のために、子どもたちを連れて白石市にある実家を訪れた裕里(松たか子、少女時代/森七菜)。裕里はそこで、美咲宛の同窓会の通知を、美咲の娘・鮎美(広瀬すず/二役)から受け取り、これをきっかけに高校時代に片思いをしていた鏡史郎(福山雅治、少年時代/神木隆之介)と再会する。生徒会長で優秀だった姉・美咲と、生物部所属の内気な妹・裕里、生物部に入部してきた転校生の鏡史郎。裕里は鏡史郎に、鏡史郎は美咲に、美咲は漠とした将来に恋をし、誰の思いも届かないまま高校時代は終わっていた。
失われたその時間を埋めるかのように、裕里と鏡史郎の文通が始まる。しかしその文通は、ひょんなことから姉妹の娘たち、鮎美と颯香(森七菜/二役)を巻き込み、手紙はふたつの世代間を行き来することに。すれ違ってしまった恋と、叶わなかった夢、そして彼らが過ごしたかけがえのない時を、まなざしが再生のきざしとともに映し取っていく。

岩井監督の出身地・宮城県で行われた撮影

 『ラストレター』は岩井監督の出身地・宮城県で撮影された。物語は、白石市という城下町から始まる。美咲・裕里姉妹と鏡史郎、そして美咲の娘・鮎美(広瀬すず・二役)と裕里の娘・颯香(森七菜・二役)は、この地の白石高校に思い出を刻んだ。

 美咲・裕里姉妹の実家は、沢端川沿いにある武家屋敷の近く。沢端川は、裕里と鏡史郎ら白石高校生物部が研究採取を行うほどの清流だ。近くには1995(平成7)年に復元された平城・白石城が建つ。白石城は、伊達政宗の軍師的役割を果たした片倉小十郎景綱の拠点で、質実剛健な家風は城下に住む人々にまで伝えられた。

沢端川で生物採取する裕里と鏡史郎(C)2020「ラストレター」製作委員会

美咲と鏡史郎の拠りどころ “無限の可能性”

 彼らが通った宮城県白石高校の校風に、白石藩の家風を感じるのは考えすぎなのだろう。生徒会長として輝かしい日々を送った美咲と鏡史郎は、高校生の頃“無限の可能性”を感じていた。しかし、成人した彼らの人生は、必ずしも成功とはいえない。それでもなお、“無限の可能性”を拠りどころに、生き切ろうとする。その姿に、戊辰戦争の際に、負け戦を覆そうと、奥羽越列藩同盟結成の地となった同藩の姿と重なるように感じられたのだ。

偶然に出会った鮎美と颯香に誘われ、美咲の 実家を訪れた鏡史郎(C)2020「ラストレター」製作委員会

 美咲は、卒業式で答辞を読む。「高校時代は私たちにとって、おそらく生涯忘れがたい、かけがえのない思い出になることでしょう」「つらいことがあった時、生きているのが苦しくなった時、きっと私たちは幾度もこの場所を思い出すのでしょう。自分の夢や可能性がまだ無限に思えたこの場所を。お互いが等しく尊く輝いていたこの場所を」と。

 まだ高校という箱のなかで、未来は見えていなかったが、美咲や鏡史郎は“無限の可能性”と言う意味で万能感を感じていたのではないか。

姉たちとは違う妹の拠りどころ

 一方で、裕里の拠りどころは違っていた。高校時代自体ではなく、鏡史郎を拠りどころとしていたからだ。そして高校生のうちに、彼を拠りどころにできる“可能性”がないことを思い知らされる。

 現在の裕里は、仙台市泉区の丘の上にある閑静なニュータウンに暮らしている。広々としたリビングのある居心地のよい2階建てに、漫画家の夫・宗二郎(庵野秀明)や2人の子どもと。愛情表現の下手な夫ではあるが、愛がないわけではない。“無限の可能性”を追った姉たちより早くに、理想が叶わないことを思い知っているが、現在では一番、物質的に恵まれているように見える。

 彼女は丘の上の住人だ。しかし出かける時、目の前に広がっているはずの仙台市内を眺めやろうとはしない。目を伏せたまま地上に降りて、ポストに鏡史郎宛の手紙を投函する。

裕里が鏡 史郎への手紙を投函する太白区向山3丁目ポスト(C)2020「ラストレター」製作委員会

 夫から飼育を押し付けられたボル・ゾイ犬を広瀬川沿いに散歩させているときも、「カフェモーツァルト アトリエ」(仙台市青葉区米ケ袋1-1-13 B1F)で鏡史郎に手紙を書いているときも、常識的な主婦だと思っていた姑の昭子(水越けいこ)が彼女の恩師(小室等)の家に入っていく姿を見かけたあとも、裕里の視線は足元にある。

 だから裕里は気づかない。彼女のことを温かく、かつうらやみながら、見下ろす視線があることを。

すべての人に等しくある幸せと不幸

 そんな彼らを眺めながら、私たちはふと、誰の人生にも等しく“可能性”と“夢”、“過酷な現実”と“幸せ”があることに気づかされる。その人ごとに“可能性”や“夢”は異なり、“過酷な現実”と“幸せ”がいつ訪れるのかは分からない。言えるのは、それはたぶん、すべての人に等しくある、ということだ。映画には描かれないが、彼らは皆、2011年の震災を乗り越え、今ここに生きている。

裕里の職場を訪ねてきた鏡史郎(C)2020「ラストレター」製作委員会

 鏡史郎はある日、美咲に暴力を振るっていたという元恋人で、鮎美の父親である阿藤陽市(豊川悦治)と対峙する。邂逅の場は、東北一の歓楽街・国分町にある「仙台夜市」(仙台市青葉区国分町2-7-3)の「石巻港 津田鮮魚店」。彼は、かつては美咲も住んだ路地裏の狭いアパートに同居人・サカエ(中山美穂)と暮らしている。

 陽市には、学歴も、手に職も、財産もない。でも夢を追いかけていた美咲を、そして鏡史郎をも魅了し、脅かす存在であった。すべての人に等しく幸せと不幸があるとすれば、安酒を飲む陽市にそれを感じさせたのは、出会った頃の美咲だったのかもしれない。

高校の建つ高台から見下ろす鏡史郎(神木隆之介)(C)2020「ラストレター」製作委員会

 丘の上と下。岩井俊二監督は、ロケ地を選ぶ際に、高低差にこだわっていたそうだ。それは平坦な場所では交わされない視線を求めたからではないか。物語はあきらかに、視線とまなざしで表現されている。上から眺めていても必ず視野が広いわけでなく、下から見上げていたら足元をすくわれることもある。

 ただ、誰しも一度は前を見て、高みを目指す。美咲の葬儀の日、鮎美や颯香ら、姉妹の子どもたちが滝を観に行くように。物語上は、菩提寺のすぐ近くという設定だが、撮影されたのは白石市ではなく、七ヶ宿町にある滑津大滝。子どもたちはまっすぐ前を見据え、革靴のまま上流へと昇っていく。その足元で、川面がきらきらと反射する。

等しくある幸せと不幸を受け止めるための拠りどころ

 誰が優位であるわけでもなく、人は等しく自分の“場所”を持ち、そこで“不幸”と“幸福”を受け止める。そのためには拠りどころが必要なのだ。

 拠りどころを得るために、他者を傷つける方法を取る者もあれば、自己完結する者もいる。しかし、その傷でさえ、再生のための膿を出す効果となるケースもある。そんなふうに正解のない問いを受け止めながら、撮影監督の神戸千木の視線を追っていくと、そこには美咲のまなざしがあった。

武家屋敷前で話す高校時代の裕里、美咲、鏡史郎(C)2020「ラストレター」製作委員会

 全編を貫くやわらかで浮遊するような美咲のまなざし。それは自分の人生を後悔するものでも、誰かをねたむものでもなく、人生を全うした者のまなざしのように感じられた。自死を選んだのになぜ?

 まなざしの答えは、最後に封が開けられる美咲の“遺書”にたぶんある。真相は、作品で確認してほしい。ただ、解釈をひとつあげるとすれば、人は知らない誰かが送った人生に生かされ、また知らない誰かを生かす。美咲はそう思っていたのではないか。

 岩井監督と共闘者・神戸千木カメラマンが演出した、あまりに浄化された美咲のまなざしの心地よさに戸惑い、考えさせられるのは事実。そこに岩井監督の盟友として『Love Letter』(1994)、『四月物語』(1998)ほかを手掛けた故・篠田昇撮影監督の視線を感じたのも偶然ではないだろう。

『ラストレター』
監督・脚本・編集:岩井俊二 出演:松たか子、広瀬すず、庵野秀明、森七菜、小室等、水越けいこ、木内みどり、鈴木慶一/豊川悦司、中山美穂、神木隆之介、福山雅治 (C)2020「ラストレター」製作委員会 2020年1月17日全国東宝系にてロードショー

文=Avanti Press