“人生はチョコレート箱のようなもの。開けてみるまで中身はわからない――。”これは、映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994)の名セリフだが、82歳で亡くなった大林宣彦監督の遺作『海辺の映画館−キネマの玉手箱』(7月31日公開)は題名通り、きらめく宝石が詰まった作品だ。しかも、予想もつかない奇想天外な物語なのだ。

監督、故郷・尾道から宇宙へ

 閉館する映画館に集う人々の姿と、幕末から原爆投下まで綿々と続く戦争の歴史を紐解く約3時間の大映像詩。その主人公3人(厚木拓郎、細山田隆人、細田善彦)は、映画館のさよなら興行を観ているうちに、目の前の戦争映画の世界の中に入り込み、不思議な体験をしていく……。

主人公の広島3人男(左から細田善彦、厚木拓郎、細山田隆人) 『海辺の映画館−キネマの玉手箱』7月31日(金)公開 (C)2020「海辺の映画館−キネマの玉手箱」製作委員会/PSC

 冒頭は監督の故郷、広島・尾道の上空。宇宙船に乗った爺・ファンタ(高橋幸宏)はいわば、監督の分身。それが宇宙に飛び出し、物語の幕が上がる。それを聞いただけでも、「一体、どんな映画なの?」と思うだろう。

爺・ファンタ(高橋幸宏)と鯉 『海辺の映画館−キネマの玉手箱』7月31日(金)公開 (C)2020「海辺の映画館−キネマの玉手箱」製作委員会/PSC

 この3時間にわたる一大映像詩を包み込んでいるのはエンターテインメント精神だ。監督の根底には「映画とはフィロソフィである」という考えがある。「映画は基本的にエンターテインメントですが、難しいフィロソフィを分かりやすく伝え、風化させないためにそうしている」。そして、この堅苦しそうな哲学と楽しいエンターテインメントを見事にミックスさせているのが大林映画である。

メイン舞台「シネマ尾道」への想い

 長年のファンには、『あの、夏の日〜とんでろ じいちゃん〜』(1999)以来、約20年ぶりの尾道ロケというのもうれしい。大林映画でおなじみのフェリー乗り場も出てくる。

 メイン舞台は、尾道の海沿いにある映画館。駅前には、市内唯一の「シネマ尾道(尾道市東御所町6-2)」という実際の映画館はあるが、それを閉めるという設定にするというのはしのびなかったのか、架空という設定。

海辺の映画館は架空の設定 『海辺の映画館−キネマの玉手箱』7月31日(金)公開 (C)2020「海辺の映画館−キネマの玉手箱」製作委員会/PSC

 チケット窓口もある昔ながらの映画館だ。大林監督の少年時代、市内にはたくさんの映画館があったそうだから、これは心の中の風景なのだろう。

キャストを驚かせた仕掛け

 主人公たちが入り込んでいく戦争映画の世界は、冒険譚でもある。幕末の白虎隊、中国戦線、沖縄戦……。映画の観客たちであった主人公がその世界に入り込むことによって、戦争自体が他人事ではなくなるという趣向。だから、それを観ている我々も、主人公と同じ目線を持つことができる。

『海辺の映画館−キネマの玉手箱』7月31日(金)公開 (C)2020「海辺の映画館−キネマの玉手箱」製作委員会/PSC

 主人公の一人、寺の跡取り息子、茂役を演じた細田善彦は「現場は驚くことだらけだった」と話してくれた。特に印象的だったのは、移動演劇を行っていた「桜隊」とのシーンだという。主人公たちは広島で原爆を被爆する運命にある桜隊に「広島は危険なんだ。みなさん明日、広島から出てってください」と言う場面だ。夕食後、撮影現場に入ると、既にカメラがスタンバイ状態。出演者の座り位置、立ち位置があって、リハーサルもなく、いきなり、『よーい、ハイ!』と本番が始まったのだ。

 「めちゃくちゃ緊張しましたね。そういう仕掛けはたくさんあったんです。よくおっしゃっていたのは『絶対に芝居をなぞるな』。つまり『人生は一度だけ。だから本番も何も1回しかないんだよ。だから、テストなんて本来やらないんだ』と。なるほど、と思いました。『一度きりの人生を楽しめ!』という意味も込めて、そんな一番大事そうなシーンで仕掛けておられるわけです」

尾道に生まれた“大林宣彦”の人生とは

 確かに、人生は一発勝負。たとえ、NGな出来事はあっても、テイク2はない。振り返ってみれば、大林宣彦という人の人生が映画そのものではなかったか。

 1938年に広島県尾道市で生まれ、祖父と父は病院を営む医師。幼少期に戦争を体験し、大学中退後にCMディレクターとなってからは、チャールズ・ブロンソンが出演した「マンダム」などを送り出した。1977年に異色のホラー『HOUSE ハウス』でデビュー。尾道を舞台にした『転校生』(1982)、『時をかける少女』(1983)、『さびしんぼう』(1985)の“尾道三部作”で評価を集め、薬師丸ひろ子、原田知世、富田靖子らをスターダムへ押し上げた。

吉田玲のバックに映る原爆ドーム 『海辺の映画館−キネマの玉手箱』7月31日(金)公開 (C)2020「海辺の映画館−キネマの玉手箱」製作委員会/PSC

 晩年は『この空の花―長岡花火物語』(2012)など反戦をテーマにした作品を手掛け、2016年8月、『花筐/HANAGATAMI』(2017)の撮影準備中にステージ4の肺がんで余命3カ月の宣告を受けながらも、2本の映画を完成させた。

 亡くなったのは4月10日。新型コロナウイルスの影響で延期になってしまった『海辺の映画館−キネマの玉手箱』の当初の公開予定日だった。大林監督の中では、せめて映画の公開日までは見届けるという固い決意というか、執念があったのではないか。

「映画は素晴らしい!」最後の公の場で

 最後の公の場は特別功労賞を受賞した2019年11月の東京国際映画祭。病気のため、車椅子姿にはなっていたが、その言葉は力強かった。

東京国際映画祭で力強くコメントする大林監督(撮影:平辻哲也)

 「後3000年は映画を作ろうと思います。あの戦争を知っている私が、戦争を知らない若い人たちのために映画の学校を作り、ハラハラドキドキし、感動する物語を作り出したい。映画は素晴らしい!」

 もう新作を観ることは叶わないが、過去のたくさんの映画がある。そして、目の前には、大林監督が最後の命を燃やして作った、この作品がある。この「走馬灯のような映画」(常盤貴子)はスクリーンでこそ観るべきだ。

『海辺の映画館 キネマの玉手箱』
7月31日から東京・TOHO シネマズシャンテほか全国公開
監督:大林宣彦 脚本:大林宣彦、内藤忠司、小中和哉 
出演:厚木拓郎、細山田隆人、細田善彦、吉田玲。成海璃子、山崎紘菜、常盤貴子 
配給:アスミック・エース

文=平辻哲也