『オール・アバウト・マイ・マザー』(99)に『トーク・トゥ・ハー』(02)、『ボルベール 帰郷』(06)のいわゆる“女性賛歌三部作”などで知られる鬼才ペドロ・アルモドバル。スペインが誇る名匠が、アントニオ・バンデラスを主演に迎え手がけた『ペイン・アンド・グローリー』が現在公開中だ。彼の自伝的作品とも言える本作で、主人公の母親を、アルモドバルのミューズとして多くの作品に出演してきたペネロペ・クルスが演じている。

スペイン語に英語、イタリア語、フランス語など数カ国語を操るクルスは、母国スペインをはじめ、『バニラ・スカイ』(01)や『パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉』(11)といったハリウッド作品でも活躍し、ウディ・アレン監督作『それでも恋するバルセロナ』(08)では米アカデミー賞助演女優賞を受賞している。そんな彼女のキャリアを振り返るうえで欠かせない存在がアルモドバルだ。十代で映画デビューした彼女は、97年公開の『ライブ・フレッシュ』で初めて彼の監督作に参加。バスで出産する妊婦を演じ、冒頭わずかの出演にもかかわらず強い印象を残している。

この作品でアルモドバルの心を掴んだクルスは、米アカデミー賞外国語映画賞(現、国際長編映画賞)を受賞した『オール・アバウト・マイ・マザー』、『ボルベール 帰郷』といった彼の代表作に出演し、主演を務めた後者ではカンヌ国際映画祭の女優賞にも輝いている(※出演した女優6人全員が受賞)。その後も、『抱擁のかけら』(09)やバンデラスらと共にカメオ出演した『アイム・ソー・エキサイテッド!』(13)といった作品にキャスティングされ、“女性を撮らせれば右に出る者はいない”と言われるアルモドバルの重要な俳優の一人として、存在を確固たるものにしてきた。

約6年ぶりのアルモドバル作品となる本作でも、クルスの存在感は健在だ。主人公は著名な映画監督として知られているが、引退同然の日々を送るサルバドール(バンデラス)。創作意欲が湧かず、持病による頭痛や背中の痛みに苦しむ彼は、幼い頃の母ハシンタ(クルス)との思い出に浸っていた。いつも気丈で貧しい暮らしでも前向きだった記憶の中の母。しかし、その最愛の人は4年前に亡くなり、サルバドールはいまだ立ち直れずにいた。

サルバドールのバックグラウンドを見ても、アルモドバル自身が投影されているのは明らか。そんな彼の実の母親とも言うべきキャラクター、ハシンタの若い頃をクルス、老年時代を同じくアルモドバル作品の常連俳優であるフリエタ・セラーノが演じている。特にクルスは、歌いながら川で洗濯する太陽のようなまぶしさ、毒っ気のある言葉を並べながらも息子の幸せを願う包容力で彼女を表現。
長きにわたりクルスと仕事をしてきたアルモドバルは、「いつもペネロペを映画の中のスペインの“母親像”として見てきました。本作での彼女は戦後の母親で、身なりも貧しく、髪型もひどい。私はそういう女性たちと一緒に育ってきました。本作では、ペネロペの魅力をすべてはぎ取りましたが、それでも、彼女の美しさが強烈ににじみ出ています」と絶賛している。

人生の最終章を意識した主人公が、自らの過去を振り返り、栄光や痛みにも向き合うことで、再スタートへの道を模索していく。誰にでも起こりうるこのような局面では、サルバドールのように母親や家族との記憶がふと甦るのかもしれない。たくましくも美しい母ハシンタを生き生きと力強く演じたクルスは必見の価値ありだ。

文/平尾嘉浩(トライワークス)