松本幸四郎と市川猿之助の二人がお騒がせコンビの“弥次さん”、“喜多さん”を演じる大人気シリーズの最新作「図夢歌舞伎『弥次喜多』」が、12月26日からAmazonプライム・ビデオで独占レンタル配信中。新作歌舞伎を“配信”で初披露するのは、400年を超える歌舞伎の長い歴史の中でも画期的な初の試みだ。

しかも、市川猿之助が一般演劇に初めて出演した名作「狭き門より入れ」(前川知大 作・演出)を原作にした今回の「弥次喜多」は、疫病が蔓延した江戸を舞台とした日本の“いま”ともリンクする、笑えて、ちょっぴりゾクッとするSFストーリー。それを、市川中車(香川照之)や2016年から「弥次喜多」に出演し続けている松本幸四郎の長男・市川染五郎、市川中車の長男・市川團子ら豪華共演陣を迎え、スタジオに立てた“万屋(江戸時代のコンビニ)”のセットで、まるで映画のようにワンシチュエーションで撮影したというから興味深い。

はたして、どんな作品に仕上がったのか?新作歌舞伎の配信での初披露に込めた思いと願いとは!?“弥次さん”こと弥次郎兵衛を演じた松本幸四郎と、監督・脚本・演出を兼任しながら“喜多さん”こと喜多八に扮した市川猿之助に撮影を振り返っていただいた。

■「図夢歌舞伎の『弥次喜多』でいまやるべきストーリーだと思ったんです」(猿之助)
――「忠臣蔵」に続いて、図夢歌舞伎で「弥次喜多」をやることになった経緯を教えてください。
幸四郎「コロナ禍で、歌舞伎が舞台でできなくなってしまった。しかも、いつできるのかもわからないし、この状態が続いたらずっとやれないかもしれない。だったら、芝居をやれる場を探さないといけないということになって、たどり着いた唯一の場所が“配信”でした。そこで今年(2020年)の6〜7月に『忠臣蔵』をやらせてもらい、次になにを?という話になった時に、僕たちが毎年8月に歌舞伎座で上演してきた『弥次喜多』をやろうという話に自然になっていきました」

猿之助「コロナで働く場所、表現する場所がなくなったわけですから、“配信”の話をもらった時は本当にありがたいなと思いました。それに、毎年新作を生みだしてきた『弥次喜多』をなんとか続けたいとも思っていたので、それが今回の“図夢歌舞伎”のタイミングとうまく合ったんです」

――その新作の題材に、猿之助さんも出演された舞台「狭き門より入れ」を選ばれたのはどんな理由からですか?
猿之助「残るものなので、間に合わせでやるものにはしたくなかった。準備期間が短い中で、脚本がおもしろくてお客さんに大きな感動や問題意識を届けられるものはなにかな?と考えた時に、ポ〜ンと浮かんたんです。『狭き門より入れ』はパンデミックの話ですからね。しかも、上演した10年前はそれが絵空事だったけれど、いまは自分たちの身に実際に起こっていることでもあるので、笑いもありつつ、お客さんも観終わった時には背筋がプルっと震えていたりする。それをいまやることに僕は意味があると思うんです」

幸四郎「『自分がやった芝居にこういう話があってね』って、猿之助さんから最初に話を聞いた時はビックリしましたよ。どうして、パンデミックが『弥次喜多』とつながるんだ?と思って(笑)。だから、慌てて『狭き門より入れ』のDVDを買って観て、細かいアレンジに関しては、猿之助さんと相談しながら作り上げていきました」

■「喜多さんのことを強く思う、いままでとは違う弥次さんが見どころです」(幸四郎)
――そんななかでの本作の見どころは?

猿之助「僕がやりたいと言ってやった、ハリウッド映画みたいなオープニングですね。そこで予算を使い果たしたんじゃないかって思うぐらい凝っています。あとは、やっぱり物語の内容がいまだからこそ興味深いですよ」

幸四郎「僕が演じている弥次さんは、ポジティブなのか鈍感なのかわからないけれど、物事を積極的に楽しむ人で、そこが彼の魅力です。でも、今回は弥次さんが喜多さんや周りの人の幸せについて真剣に考える姿が描かれていて。そこは、いままでの『弥次喜多』と違う見どころだと思いますね」

猿之助「『狭き門より入れ』の世界を『弥次喜多』の設定とどう結びつけたらいいのか?そこは悩みましたけど、いざやってみたら、我々のいまの関係の積み重ねがあったから、自然となじんでいきました。ただ、脚本通りにやってもおもしろくないし、そこは難しいところでした」
幸四郎「僕はなにか特別な工夫をするというより、とにかく黙らず、中車さんからセリフもらったら返す、もらったら返すということを繰り返していました(笑)」

猿之助「アドリブの中車さんですから、丸投げにしてもなにか味つけしてくれるんですよ(笑)」

幸四郎「台本にはないそんなやりとりで、おかしみを出すようにしたんです」

――猿之助さんと中車さんのかけあいでは「『半沢直樹』」を連想する人も多いと思うんですけど、本作でもあの顔芸は取り入れているのでしょうか?

猿之助「“半沢”のネタももちろんやりましたよ。そこはちゃんと仕掛けておかないと(笑)」

幸四郎「皆さん期待していますからね(笑)」

猿之助「そこは気持ちよく応えます(笑)」

■「二つの歌舞伎の新作を提供する時代になったような気がします」(猿之助)

――外国語の字幕はつけないんですか?

猿之助「海外に通じる歌舞伎作品は初めてだと思っています。しかも、僕はそれを字幕ではなく英語の吹替えでやった方がいいと思っていて。今回は国内の配信からスタートするけど、ハリウッド映画みたいなオープニングにしたのも海外で観てもらうのを見据えてのことだし、ラストには世界中の人たちが共鳴する仕掛けを用意しています」

幸四郎「字幕は情報をただ伝えるだけだけど、英語でやることによって日本語版とはまた違うおもしろみが出るでしょうからね」

猿之助「歌舞伎俳優の中にもビックリするくらい英語に堪能な人がいるので、彼らに頼めば歌舞伎役者のセリフ回しで英語が話せるし、女形の声色もできる。世界配信になった時には彼らが吹替えをやったら一番いいと思います。いままでは歌舞伎役者に英語はいらないって思われていたけれど、これからの時代は歌舞伎役者も英語が話せることが武器になるような気がします」

――今回はAmazon Prime Videoでの配信ですが、歌舞伎を観たことがない人も観るでしょうし、確実に間口が広がると思います。

幸四郎「歌舞伎の伝統や歴史は長く受け継がれていかなければいけないものですが、表現する場所があって初めて価値があると思います。それに、歌舞伎にとっては“配信”は新しいことですけど、配信のドラマはいま誕生したわけではないので、そこに表現の場が広がるのは当然のことでした」

猿之助「現状に満足している平和な時代や物が豊かな時には、あまり新しいものは生まれないですよね。逆に、危機的な状況の時の方が人間は絶対に進化する。文明の繰り返しがそれを証明しているし、そういう意味では、僕はいまが、新しいものに挑戦するチャンスなのだと思います」

幸四郎「僕は、舞台の歌舞伎と配信の歌舞伎は両方とも存在しうるものだと思っています。この二つはまったく違うものだし、自分の生活に合わせて自由に観られる配信の歌舞伎が一般的になっても、日時を決めて生の歌舞伎を観に行くという選択肢がなくなるわけではない。新しい興行形態がまた一つできたということに過ぎません。2020年は、これからも作り続けられるであろう“図夢歌舞伎”が生まれた最初の年だと僕は認識しています」

猿之助「僕はもう世の中が元に戻ることはないと思っています。ですから、次世代の歌舞伎役者は歌舞伎の基本的な知識と教養、鳴り物や三味線、長唄や日本舞踊などのスキルとともに映像の知識や技術が絶対に必要になってくる。なぜなら、いままでは歌舞伎を観ていただくには劇場にいらしてくださいというアプローチしかなかったけれど、これからは“図夢歌舞伎”の新作を観たいという人がどんどん出てくるから。だから我々は、舞台と一緒に“図夢歌舞伎”の新作も提供していかなければならない。時代はそこに来たような気がしています」

取材・文/イソガイマサト