映画やテレビドラマに撮影可能なロケ地の情報を提供し、案内、調整も行う組織「東京ロケーションボックス」は、映像作品を通して東京の魅力を国内外に発信しながら、ロケ撮影で地域活性化を図ることを目的としている。その活動内容は多岐にわたり、都内自治体に置かれたフィルムコミッションとの連携や協力、サポートも行っている。今回は、台東区フィルムコミッションが支援した松坂桃李主演の青春群像劇『あの頃。』(公開中)より、「ハロー!プロジェクト」のアイドルファンたちの熱気、その盛り上がりを映像化するに至った制作へのこだわりを紹介していきたい。

■ハロプロのアイドルに生き甲斐を見いだしたファンたちの青春ストーリー

ハロー!プロジェクトのアイドルたちがJ-POP界を席巻していた2000年代初頭。なかでも「モーニング娘。」を愛してやまない“モーオタ”たちが放っていた熱量は異様だった。漫画家でベーシスト、「神聖かまってちゃん」や「撃鉄」のマネジメントも担当した劔樹人が、当時の様子をリアルに綴った自伝的コミックエッセイ「あの頃。男子かしまし物語」を映画化した本作。監督を『愛がなんだ』(19)などで恋愛のままならない感情の機微を丁寧に描いてきた今泉力哉が務め、主人公である劔役の松坂桃李のほか、仲野太賀に山中崇、若葉竜也、芹澤興人、お笑いコンビ「ロッチ」のコカドケンタロウといった個性的な面々がアイドルオタクたちを生き生きと体現している。

大学院の受験に失敗し、好きで始めたバンド活動もうまくいかない劔は、彼女もできず、バイトに明け暮れるだけのうだつが上がらない日々を過ごしていた。そんな彼の様子を心配した友人から劔はあるDVDを渡される。

そのDVDを再生すると、「桃色片想い」を歌って踊る松浦亜弥の姿が映しだされ、劔はその弾けるような笑顔やかわいらしいダンス、アイドルとしての圧倒的な存在感に釘付けになってしまう。すぐさま家を飛びだし、CDショップへ向けて自転車を走らせる劔。ハロプロコーナーを物色していると、店員のナカウチ(芹澤)に声をかけられる。彼からもらったハロプロファン交流イベントのチラシが、劔の人生を大きく変えていくのだった…。

■関西人ならではの軽快なノリや悪ふざけが笑いを誘う

ナカウチの誘いで、ライブホール「白鯨」で行われているイベントに参加する劔。そこで彼は、ステージ上でハロプロの魅力やそれぞれの“推しメン”について語り合う、プライドが高くてひねくれ者のコズミン(仲野)、石川梨華推しでリーダー格のロビ(山中)、自分で痛車やオタグッズを制作する西野(若葉)、ハロプロ全般を推しているイトウ(コカド)、そして、CDショップ店員で劔に声をかけてくれたナカウチらで構成される「ハロプロあべの支部」の面々と出会い、グループに加わることに。さらに、音楽への思いがくすぶっていた劔の発案で、「恋愛研究会。」なるバンドも結成する。


恋愛研究会。のメンバーは、イトウの部屋に集まってライブDVDを鑑賞したり、ハロプロの啓蒙活動という名目で大学の学園祭で講演したり、時には西野の軽バンに乗って遠方のコンサートに参加するなど、かけがいのない時間を過ごしていく。また、舞台が大阪ということもあり、関西人ならではの軽快なノリで悪口を言い合い、ちょっとやり過ぎとも思える方法で“やらかし系”のコズミンをいじるなど、様々な悪ふざけで笑わせてくれる。

彼らの違和感のない関西弁でのセリフ回しを表現するため、キャストたちへの方言指導も徹底的に行われた。カメラが回る前に、20〜40代の男女からなる複数の方言指導者がセリフを話し、キャストがそれを覚える、このやり取りが何度も繰り返された。その甲斐あって、会話のなかで出てくるアドリブも自然なものとして受け取ることができる。

■和気あいあいとした雰囲気が伝わってくる歴史ある銭湯の存在

多くの時間を共有した恋愛研究会。のキャストたちはすぐに打ち解け、コカドのキレのあるツッコミや、撮影の合間に「水平思考ゲーム」と呼ばれる推理ゲームをして遊ぶなど、現場は映画さながら笑いの絶えないものになったという。そんな恋愛研究会。の和気あいあいとした雰囲気を特に実感できるのが、劇中で何度も登場する銭湯のシーンだ。

大阪が舞台ではあるが、この銭湯は台東区竜泉の「有馬湯」で撮影が行われた。ここは台東区役所観光課の台東区フィルム・コミッションが制作チームに紹介したロケーションだ。創業が明治の末ごろという歴史ある大衆浴場で、いまではあまり見られなくなった浴室内の木の桶や脱衣所の籐籠が置かれている。“広く明るく清潔な銭湯を”がモットーで、石田章仙作のタイル画の錦鯉がノスタルジーを感じさせる。

有馬湯での撮影は2020年2月ごろに行われ、撮影中は営業を休みにしてもらい、貸し切りで行われた。ロケハン時に今泉監督がこの銭湯の雰囲気をいたく気に入り、別の場所を想定したシーンもここで撮影されたという。今泉監督が脚本を手掛けた田中圭さん主演の映画『mellow』(20)でも、台東区浅草のラーメン屋「太陽」がメインロケ地になるなど、台東区の昔ながらの風情が残るロケーションと、今泉監督作品との相性はバッチリだ。また、ほとんどのキャストがここでクランクアップを迎えたのだが、最後の最後にハプニングが発生。いつもは少し冷ましたぬるま湯状態で撮影していたにもかかわらず、この時だけは通常営業と同じ温度になっており、芝居をしながら全員がのぼせる寸前になったそうだ。

また、本作の撮影支援を行った台東区フィルム・コミッションでは、ほかにも様々な作品の撮影支援を行っている。現在放送中のドラマ「江戸モアゼル」は、台東区が舞台のラブコメディで、浅草・蔵前界隈や上野東照宮などのロケ地が登場している。上白石萌音と佐藤健の共演で話題となったドラマ「恋は続くよどこまでも」では、招き猫が有名な今戸神社や、隅田公園などの区内の名所がロケ地として登場し、聖地巡礼にファンが多数訪れた。
■本人からもお墨付き?松坂桃李が劔本人を完コピ!

本作の見どころとして注目したいのが、劔を演じる松坂の憑依ぶり。本作に向け、劔本人とも交流を重ねた松坂は、歩き方や姿勢を観察しその特徴を演技に活かしたそうで、「ハロプロに対する愛を大切にしながら現場に入っていました。劔さんに『だんだん僕に似てきていますね』と言われた時は、すごくうれしかったです」と語っている。

また、劔はベーシストとしても活動しているため、松坂は彼からマンツーマンで指導を受けている。その上達ぶりはスタッフも驚くほどで、ライブシーンなど松坂がベースを演奏する際のなめらかな指の動きもチェックしてほしい。ちなみに、劇中に登場するベースは、実際に劔が当時使用していたものなのだとか。

■グッズに映像、楽曲など懐かしいアイテムが次々と登場!

ハロー!プロジェクトのファンたちを描く本作。そのリアリティを追求するにあたっても、制作スタッフはいっさいの妥協を許さなかった。劇中では、当時のポスターやCD、DVDを中心に数多くのグッズが確認できる。松浦亜弥のミュージックビデオに藤本美貴のポスター、石川梨華がモーニング娘。からの卒業を発表した際のラジオ音声に、彼女の卒業公演となった2005年のコンサート映像など、当時を知る者にとって、様々な思いが込み上げてきそうなアイテムが次々と登場する。

楽曲では、劔がアイドルに情熱を注ぐきっかけとなる「桃色片思い」以外にも、恋愛研究会。がコピーし、劇中で3度も登場する名曲「恋ING」なども印象的。歌詞やメロディに込められたメッセージ、必死に歌う劔たちの姿は観る者の心を揺さぶるはず。

これらのグッズや映像、楽曲の使用にあたっては、年代や出来事を照合しながら選択し、許可を申請。気づけば、スタッフルームはさながら“ハロプロ記念館”と化したそう。演出部のスタッフもいつの間にか、全グループメンバーのフルネームを覚え、オタ芸を完コピ。CDやDVD のタイトルと発売年を暗記し、グループ結成年代と成り立ちの詳細まで流暢に説明できるようになっていたという。

■恋愛研究会。への取材を重ねたリアルなキャラクター造形

キャラクターの造形では、本物の恋愛研究会。メンバーへの取材を重ねながら衣装や小道具を用意&作成し、当時のヘアスタイルを再現しながら役者たちを本人に近づけていった。さらに、メンバーが実際に着ていた衣装や小道具までも借りることができ、よりリアルなものに近づけることができたそうだ。

ハロプロのファンはもちろん、なにかに夢中になったことのある人なら、共感すること間違いなしの『あの頃。』。“オタ活”に生き甲斐を見いだす劔たちの姿から、自分らしく幸せに生きるヒントが見つかるかもしれない!

文/サンクレイオ翼