PFF(ぴあフィルムフェスティバル)が昨年創設した、新たなる映画賞「大島渚賞」。『戦場のメリークリスマス』(83)などで国際的に高い評価を集めた大島渚監督の名を冠した同賞は、劇場公開作が3本程度の日本で活躍する映画監督を対象に若くて新しい才能へ贈られるもので、今年の第2回受賞者は“該当者なし”となったことが発表された。

昨年の第1回は『セノーテ』(19)、『鉱 ARAGANE』(15)が世界各国で高い評価を受けた小田香監督が受賞して話題を呼んだが、第2回は審査員長である坂本龍一、審査員の黒沢清監督、荒木啓子(PFFディレクター)の総意として “該当者なし”という結果に至っている。この結果に対して、「大島渚を挑発し、批判し、越えていくことこそ最も大島渚賞にふさわしいと言えるのだ」と坂本をはじめとする審査員たちはコメントを発表している。

また、当初予定されていた授賞式に代わり、3月20日(土・祝)に第2回大島渚賞記念イベントを開催。黒沢、荒木に加え、特別ゲストとして大島監督夫人で女優の小山明子が登壇し、今回の決断に至った審査員の思いや大島映画の魅力が語られる。

坂本、黒沢がともに大島映画のベストワンと激賞する『日本春歌考』(67)も特別上映されるので、興味を持たれたら足を運んでみてはいかがだろうか。

<審査員コメント全文>

●坂本龍一(審査員長)

「もし大島渚賞などという形で大島渚が権威になるのだったら、それこそ大島渚が最も嫌ったことだろう。だから大島渚に迎合するのは絶対にだめなのだ。そうではなく大島渚を挑発し、批判し、越えていくことこそ最も大島渚賞にふさわしいと言えるのだ。そのような映画にわたしたちは出会いたい」

●黒沢清(審査員)

「『いろいろあったけど、よかったよかった』となる映画が多すぎる。本当にいろいろあったなら、人は取り返しのつかない深手を負い、社会は急いでそれをあってはならないものとして葬り去ろうとするだろう。人と社会との間に一瞬走った亀裂を、絶対に後戻りさせてはならない。あなたがささやかに打ち込んだクサビは、案外強力なのだ。よかったよかったと辻褄を合わせる必要なんかどこにもない。『たかが映画だろう』と周りは言うかもしれない。しかし映画とは何だ?ぼんやりとみなが想像するものだけが映画ではない。表現の極北から見出される鋭い刃物のようなクサビで、人と社会とを永遠に分断させよう。これら二つが美しく共存するというのはまったくの欺瞞だ。このような映画製作に挑む若者を探している。それは大島渚が切り開いた道であり、決して閉ざしてはならないと思うから」

●荒木啓子(審査員)

「国内外の映画キュレイターやジャーナリストから推された新人監督たちを語りながら、映画、そして映画監督への期待のみならず、映画の可能性、喜び、を覚醒させる坂本、黒沢両氏の、映画愛、大島渚愛溢れるスリリングな時間があっという間に過ぎていった。青春映画、子供映画、恋愛映画、戦争映画、時代劇、実験映画にドキュメンタリー。そのフィルモグラフィーの多彩さ、絶え間ない挑戦に驚かされる大島渚監督は、映画の技術を会得し、映画とはメロドラマであると言い切れる人だった。いち早く海外に飛び出し、また、テレビという媒体のおもしろさも発見した人だった。多面体過ぎて掴むのが難しいほどのその活躍の芯にある、映画という創作。大島渚賞の審査会議は映画についての長い熱い対話となり、思い切った決断結果となった」

文/サンクレイオ翼