『ソナチネ』(93)や『うなぎ』(97)などで知られる奥山和由が製作を担当し、『ふゆの獣』(10)の内田伸輝が監督・脚本を務めた映画『女たち』(5月21日公開)。本作は、4月17日(土)、18日(日)の2日間で開催される「島ぜんぶでおーきな祭 第13回沖縄国際映画祭」でも特別招待作品として上映される予定だ。

コロナ禍の重く淀んだ空気が流れる田舎町で、母の介護をしながら地域の学童保育所で働く美咲は、仕事も恋愛も、なにもかもがうまくいかない40歳目前の独身女性。美咲に罵詈雑言を浴びせ否定し続ける毒親の美津子(高畑淳子)との逃げだしたくても逃げだせない生活のなか、結婚を約束していた恋人の直樹(窪塚俊介)から手ひどい裏切りを受けたうえに、唯一の心のよりどころだった親友の香織(倉科カナ)が突然死んでしまったことで、美咲の心はついに崩壊へと向かってしまう…。

■脚本作りから参加し、作り上げたリアルな“女たち”
主人公の美咲役を演じたのは、『浅田家!』『罪の声』(ともに20)などの話題作に出演するだけでなく、主演映画『ミセス・ノイズィ』(20)では第59回アジア太平洋映画祭の最優秀女優賞を受賞するなど、活躍の場を広げている注目女優、篠原ゆき子。

新型コロナウイルス感染症による影響で幾度も撮影の中止が危ぶまれるなか完成した本作に、脚本づくりから関わったという篠原は、いったいどんな心境で本作の撮影に臨み、美咲を演じたのだろうか。

「内田(伸輝)監督とは、半年以上かけてゼロから本作について話し合いました。監督とは『おだやかな日常』からの付き合いで、勝手知ったる仲なので、ざっくばらんに『女ってこうだよね』とか『こういう友だちがいて…』などと世間話をしていくなかで、その内容を監督が脚本に反映してくださったりして、すごく楽しかったですね。脚本作りから携われたこともあって、あまり役を作ろうとしなくても、役が自分にじんわり浸透していった感じでした」

■コロナ禍で生まれた“人とつながりたい”という想いが作品のテーマに
脚本作りがスタートしたのは2019年の秋ごろ。“コロナ禍の映画”でもある本作は、途中で大きく内容のシフトチェンジを行ったという。

「脚本を考えている最中に、どんどん新型コロナウイルスの影響が大きくなってきて…。そうしたら奥山プロデューサーが『いまだからこそ、コロナを反映した台本にしよう』とおっしゃって、そこから台本が大きく変わっていきました。だから、運命に翻弄されてできた作品という感じがしています。内田監督はもともと『台本はガイドブックみたいなものだから、変わってもいいし、流れに身をまかせましょう』という考えの監督。共演者の方たちと一緒にコロナ禍のリアルを追求していけたので、2020年の夏、あのメンバーで、あの空気感のなかでしか撮れなかった作品になったのかなと思います」


コロナ禍で、誰にも言えない想いを抱えながら懸命に生きる様々な“女たち”を描いた本作は、とても他人事とは思えないリアルさに満ちている。

「非常事態下での撮影だったからこそ、ある意味変な結束力はありました。もちろん緊迫感もあったんですけど、同時に撮影できるうれしさもあったり。いろんなことが中止になっていくなか、久しぶりの現場だというのはたぶんみんな一緒だったし。だから本当に不思議な感覚でしたね。町は閑散としていて、毎回手を消毒して、マスクもしているけど、撮影中『人とつながりたい』という思いが湧いてきたり。やっぱりみんな人との関わりを必要としているし、その思いはこの作品の肝にもなったような気がします。撮影はすごく大変でしたけど、現場の空気がいい方向に味方してくれた気がしました」
■美咲のモデル、“生き方が器用じゃなかった”叔母への想い
そんな篠原にとって、美咲のモデルは自身の叔母だという。
「美咲はとにかく不器用なんですけど、実は私の亡くなった叔母がそういう人だったんです。姪の私ですら『なんでもっとうまく生きられないんだろう』って思っちゃうような人でした。でも、私はそんな叔母の人生を肯定したいなと思ったんです。生き方が上手ではなかったけど、一生懸命生きた人だったから。そして、いまもきっとどこかにいる、美咲や香織みたいな“生き方が器用じゃない”人たちにも、本作を通して『私と一緒だ』とか『わかるわかる』と救われるような気持ちになったり、ハタから見るとちょっとおもしろいかも、なんて思ってもらえたらうれしいです」

とはいえ「美咲は自分に近いところもあります (笑)。私も美咲のように人に弱みを見せるのが苦手だったんですけど、本作に出演したことで、少しそれができるようになったかなって思います」と話す篠原。きっかけは、毒親の美津子を演じた高畑淳子とのラストシーンだったという。

「私が気負いすぎたせいで、気持ちが動かなくなって撮影が止まってしまったんです。いつもだったら多分『一人でどうにかしなきゃ』と思うんですけど、ちょっと今回は無理だなと思って、高畑さんに『どうしたらいいと思いますか?』って助けを求めたんです。そうしたら、高畑さんがすごく救いになる言葉をかけてくださって。そこで初めて美咲と自分が本当に同化できた気がしました。自分と同じように、美咲も助けを求めることができたんじゃないかと思ったというか。『迷惑かな』とか、『カッコ悪い』と思いがちですが、こちらが助けを求めさえすれば、助けてくれる人は実はけっこう多い。すごくいい経験ができたなと思いました」

■撮影中に突然の涙?その理由とは…
半身不随の母親、美津子役を鬼気迫る演技で魅せた高畑との共演は、篠原にとっても衝撃的だったという。「もともと、美津子は“ロレツが回らない”という設定ではなかったんですけど、本読みの時に高畑さんが『こういう話し方のほうがいいんじゃないか』って提案してくださったんです。本読みで初めてその口調でセリフを言われた時は、鳥肌が立って泣きそうになりました。撮影の時も圧倒的なパワーで演じられていて、とにかくすごかったですね」

撮影の終盤に行われたという高畑との共演シーンは、役に入り込み、追い詰められていたという篠原にとって、少し過酷な撮影となったようだ。

「もう、そのころには自分が自分なのか美咲なのかがわからなくなってきていたんです。ずっとホテルと撮影現場の行き来だけで、誰とも会わなかったし、感染対策もあったので食事も独りだったし…。それで相当追い込まれていたこともあって、高畑さんと(役柄の)美津子が私のなかでごっちゃになったのか、高畑さんが怖くて怖くてしょうがなくなってしまって。高畑さんとの撮影初日、段取りの内容を『これはこうなのよね?』って普通に話されただけなのに、怖くて泣きだしちゃったんです、私。めちゃくちゃ失礼ですよね(笑)」

■圧倒的な“美しさ”が救いになることもあれば、束縛に感じられることも
役に没頭するあまり「ハゲたりもしました」と笑う篠原。確かに、男に裏切られ、唯一の親友も失って、おまけにコロナの影響で仕事まで失い…と、この世の不幸が一度にやってきたような美咲に同化することは、精神的にもかなりつらいことだったに違いない。しかし、そんな美咲が暮らしている場所は、まさに風光明媚としか言いようのない、美しい自然溢れる田舎町なのだ。このギャップが余計に生き様を浮き彫りにする。


例えば、養蜂場を営み、蜂蜜を作って多くの人に喜ばれるなど、一見自分らしい豊かに暮らしているように思える香織も、突然命を落としてしまう。しかし、「これでも必死に、蜜蜂(働き蜂)のように頑張ってきたんやで?」と自嘲交じりに話す香織の言葉には、ハッとさせられる人も多いのではないだろうか。

「田舎町って、“夕日がきれい”とか“空が青い”とか、そういうことに目を向けられたらいいですけど、逆にその美しさが“束縛”に感じられることもある。自然の美しさもそうですしサヘル・ローズさん演じる介護師マリアムの心の美しさが、救いになることもあれば、こちらが責められているような気持ちになるというか、時には圧倒的な“敵”に見えることもあるんじゃないかなって思います」

撮影中を振り返り、ぽつりと語った篠原。きっとそれは、彼女と同化していた美咲の気持ちでもあるのだろう。そんな彼女に、いまを生きる“女たち”にメッセージをもらった。

「踏んだり蹴ったりでも、なんとか一緒に生きていきましょう。楽しんでいきましょう!死ぬ間際に笑えたらいいですよね。『あんなドジしたな』とか(笑)」

取材・文/落合由希