『愚行録』(17)や『蜜蜂と遠雷』(19)など、物語性と芸術性の高い力作で知られる石川慶監督が、数々の文学賞を受賞し、「三体」の英訳でも知られるベストセラー作家ケン・リュウの短篇小説「円弧(アーク)」を実写映画化した。

今回は、脚本も兼任した石川監督と、エグゼクティブ・プロデューサーも務めたリュウの対談が実現。同世代の彼らはものづくりの方法論や、見ている地平も非常に近く、まるで旧来の友人のよう。希少かつ豊かな思考の交流を楽しんでいただきたい。

『Arc アーク』は、人類史上初めて不老不死の身体を手に入れ、若い身体のまま永遠に生きることになった女性、リナ(芳根京子)の半生を描く壮大なヒューマンドラマ。人類が死を克服した未来では、社会の価値観や個々人の思考にどのような変化が起こるのか。

VFXをふんだんに使った“いかにも”な未来描写ではなく、現実に根差した静謐な語り口のなかに、ほのかなロマンや郷愁を混ぜ込んだ石川監督の筆致は、他に類を見ない独自のもの。10代から100歳以上(!)までを演じ分けた芳根の力演や、リュウが込めた「生との向き合い方」が、観る者の心に迫る。

――リュウさんは「円弧(アーク)」や「紙の動物園」など、エモーショナルな小説を多数発表されていますが、どうやってアイデアを思いついたり、物語が出来上がっていくのでしょう。

ケン・リュウ(以下、リュウ)「まず、私は驚くほど筆が遅いんです(笑)。10年くらいかけて書いているシリーズもありますから。どんどん書けるタイプではないのですが、物語を書くうえで“感情を出発点にする”は大切にしています。
一つのアイデアを気に入って、それに合うストーリーを築いていく方もいますが、私はまず感情が基盤にあって、そこに物語の主題やアイデアをどうつなげていくかを見出せなければ書き出せない。そういったつながりがないと、自分の場合はエッセイ調になりすぎてしまうんですよね」

――石川監督は、“原作もの”に取り組む際、どのような意識で向き合っているのでしょうか。

石川慶(以下、石川)「いまのケン・リュウさんのお話にもリンクしますが、自分がアダプテーション(脚色)に取り組む場合に最も大事にしているのは、観終わったあとに心の中にある“温度”なんです。日本では『原作に忠実』であることを求められる機会が多いですが、本と映像ではまったく言語体系が異なりますし、言語で書かれているものをその通りに映像化しても読後感の“温度”は別物だと思うんです。そのため、本と映像で違っているけど、“心に残るものが同じ”を目指しながら作っていますね。

映画『Arc アーク』のビジュアルのコンセプトに関しては、小説『円弧(アーク)』の骨格に“不老不死”があることもあって、新しいものというよりも『昔からあるものを新しく解釈する』、そして『100年や200年後も遺るものはなんだろう』という意識で組み立てていきました。たとえば服におけるジェンダーの考え方も時代によって変わっていきますし、ずっと先も遺るものの見方を変えることで、世界観を構築できるのではないかと考えたんです。小豆島をギリシャに見立てて撮ってみたり、みんなで『世界を新しく捉えていく』感覚で作っていきましたね」

――リュウさんは物語を構築する際、ストーリーだけでなく、ビジュアルイメージも明確に浮かんでいるのでしょうか。

リュウ「作品によってまちまちですね。ストーリーだけが浮かんでいることもあれば、ビジュアルが明確に見えていることもあります。ただ、絵を描くのが得意ではないので、代わりに3Dモデルをデザインしてプリントします。それを人に見せて意見をもらったり、あるいは自分が考案した機械が正常に動くのかを検証したりします。
ただ『円弧(アーク)』に関しては、ビジュアル面でのクリアなイメージはそこまでありませんでした。唯一あったのは、プラスティネーションを施された肉体の“感じ”です。ホラーと魅惑の中間にあるような、どこかグロテスクな雰囲気は自分の中にあって、それが物語を書くうえでとても重要でした。

石川監督は映画の中で、それとはまた違ったビジュアルで表現していますが、同じく成立していると思います。先ほどの石川監督のお話にも通じますが、私にとっては脚色する映画作家が、ちゃんと自分自身の美意識を持っているかどうかがとても大事です。もし持っていなければ、新しい映画として成立しないし、観てくれる方々の想像力をかき立てることもないわけですから」
■「リュウさんの描く“多様性を前提にした世界”に大変共感します」(石川)
――実写映画化するということは、生身の役者が役を担い、物語を作っていきます。リュウさんの中で、印象的だったキャストは?

リュウ「間違いなく芳根京子さんですね。10代から100歳以上までを演じながら、信ぴょう性ももたらさなければならない。きっと、多くのものを積み上げて役を成立させているのだなと感じました。“歳を取る”を見た目で表現していないぶん、作品全体を彼女が背負う必要性があったかと思いますが、芳根さんはすべてを出し切って、想像力を交えながらもパワフルな演技を披露してくれました」

――ケン・リュウさんと石川監督は、原作者・エグゼクティブ・プロデューサーと監督・脚本という立場でコラボレーションを果たしたことで、お互いをどのように見ていますか?

石川「ケン・リュウさんは同世代で、書かれているものも100%共感しますし、自分の事だと思いながら読んでいます。最も共感するところがどこかというと、『円弧(アーク)』であれば『不老不死が良いか、悪いか』という話ではなく、『不老不死になった世界では、自分がいまマイナスだと思っていることも将来的にマイナスのままかはわからない』という視点で立っているところ。

技術革新によって、自分たちの価値観がアップデートできるかどうかが大切であって、その良し悪しはあくまでいまの私たちの価値観でしかないんですよね。ケン・リュウさんは物事を善悪や白か黒かで見ていないんです。僕たちの世代は、価値観が大きく変動していた時代に育ってきて『親が言っていることも正しいけど、子どもの言っていることも間違っていない』と感じてきた。そうした“多様性”を前提として書かれている部分に、非常に共感しています」

リュウ「2人とも理系出身なのも、大きいかもしれませんね。石川監督は物理学を研究されていて、私はコンピュータ科学を専攻していました。そうした素養もあって、お互いに“世界に対する理性的な見方”に惹かれるのではないでしょうか。リベラルアーツ的なものの見方と、エモーショナルなストーリーテリングへの興味が同時にある。それが、私たちの共通項のように思います。

科学が好きな人に、ストーリーテリングで人を楽しませる意義を説明してもなかなか理解されないし、物語を愛する人に物理や数学の美しさを訴えてもピンとこないことが多い。だからこそ、この“どちらにも惹かれる”という部分は、石川監督にとっても自分にとっても大切にしている部分なのかなと感じています。
石川監督は『自分の書いた言葉が多くのスタッフに波及していくからこそ、一つ一つの言葉を考える』とおっしゃっていましたが、その部分は目から鱗でした。私はこれまで、どちらかといえば自分の好きなように書いてきましたが、脚色や脚本、翻訳の仕事なども行っていることもあり、石川監督のように考えて書いていかなければと思いました」

取材・文/SYO