「中性的じゃ足りない、もう男でいさせてください」そう宣言した俳優・モデルの中山咲月。トランスジェンダーであり、他者に恋愛感情や性的欲求を持たない無性愛者(アセクシャル)であることを告白した。そんな中山の心のうちを綴ったのが、自身の23歳の誕生日である9月17日に発売のファーストフォトエッセイ「無性愛」だ。かつて自らについた“ジェンダーレス女子”という肩書きを捨て、男性として生きていくと決意した彼が、いまどんなことを考えているのか聞いた。

■これからの人生、自分の生きたいように生きようと思った
――映画『彼らが本気で編むときは、』をご覧になって、自分がトランスジェンダーであることを自覚したとおっしゃっていました。それまで自身のジェンダーについてどう捉えていましたか。

「お仕事をしていくなかで“ジェンダーレス”という言葉でくくられることが結構あって。女性と呼ばれるよりは“ジェンダーレス”のほうが気は楽でしたけど、ずっと引っかかりはありました。自分がトランスジェンダーだって気づくきっかけになったのは、確かにその映画なんですけど、これまでもそういうタイミングは何回かあって。無意識のうちに自分で違和感に蓋をしていたんだと思います」

――それは、いわゆる“普通”とカテゴライズされるものから自分が逸脱することが怖かったからですか。

「そうですね。まさしくそれです」

――そこからトランスジェンダーであることを公表するまでの心の動きを聞かせてもらえますか。

「最初は真っ正面から受け止めきれなくて。これも一時の迷いなんじゃないかとか、そんなはずはないって自分の気持ちを必死に押さえこもうとしたり。そういう時期が1か月くらい続きました。

それでもやっぱり公表しようと決めたのは、生きていたくないと思ったからです。そういうところまで気持ちが沈んだ時、いつも一緒にいる友達が言ってくれたんです。『死ぬくらいなら、自分の好きなことをしろ』って。ワガママになっていいから、自分はこういう人間なんです、だから自由にさせてくださいって言ってみて、そのうえで決めたらいいって。

うれしかったのが、その友達は死ぬことを止めるんじゃなくて、自分のこれからの生き方に対してちゃんと向き合ってくれたんですよ。その子の言葉に背中を押されて公表しようと決めたし、その子がいなかったらいま生きてないなと断言できるくらい、すごく支えられています」

――こういうお仕事をしていると、公表することによって仕事に影響も出ます。そこに対する恐怖はありませんでしたか。

「ありました。でも、いつ死ぬかわからないような精神状態で生きるよりも、仕事が多少狭まっても、自分の生きたいように生きたほうが絶対いいと思った。これからの人生、もう自分に嘘をつきたくないなと思って決断しました」

■決めることが正義じゃない。ずっと迷っていてもいいと思う
――同時に無性愛者(アセクシャル)であることも公表されました。トランスジェンダー以上に、まだまだアセクシャルに対する理解は進んでいません。そういう私自身も、かつてアセクシャルの人に対し「いつか本当に好きな人が現れたら変わるんじゃない?」と認識していたこともありました。

「この話をすると、確かにいろんな方からそういうふうに言われることはあります。でも、自分は100%ないなと確信できるんです。これまで男性とも女性ともお付き合いしたことはありました。だけど、恋愛ってお互いの気持ちのやりとりのはずなのに、自分だけ受け取りっぱなしで返せていない後ろめたさがあって。お付き合いをしている間、ずっと自分がここにいない感覚でした。

ジェンダーが虹色であるように、恋愛もグラデーションなんじゃないかなと思っていて。ずっと恋愛をしていないとダメな人がいるように、恋愛を必要としない人もいる。別に恋愛を否定しているわけではないんです。ラブストーリーも第三者視点なら見られるし、友達や家族に対する愛情はあるので、愛を知らないわけでもない。ただ、自分は恋愛には参加しない。それだけなんです」

――中山さんは今回公表をされましたが、世の中には自分のジェンダーやセクシュアリティについて、クエスチョニング(編集部注:性別がわからない人や意図的に決めていない人、決まっていない人、模索中である人など)の人も多いんじゃないかなと思います。ただ自分で決めることが怖くて、保留にしているだけで。

「自分もまさしく同じような気持ちで。だからこそ、公表するまでに1か月という時間がかかりました。でも、個人的には公表してからのほうがずっと気持ちが楽です。すごくスッキリしました」

――クエスチョンの状態で悩んでいる方に、いまの中山さんから伝えたい言葉はありますか。

「悩むことは悪いことじゃないし、すぐに決めつけなくてもいいかなと思っていて。自分は決めたい人だから決めただけ。そっちのほうが絶対いいよと押しつけるつもりはありません。ずっと迷っていてもいいし、その日の気分で変えてもいい。大切なのは、自分が苦しくない環境にいること。苦しかったら逃げてもいいんです。そして辛くなった時に、中山咲月を思い出してもらえたらいいなって。

女性として世に出て、そこから性別を変えるというのは、自分でも結構すごい判断をしたなと思っています。でも、これからなにを言われようが抗っていくと決めたので。いま、中山咲月はすごく楽しく生きているけど、過去には悩んだ時期がちゃんとあって、それでもいまこうして頑張っている。そんな人がいるなら、自分もちょっとは頑張ってみようかなって思ってもらえたら一番うれしいです」

――中山さんが公表したのは、自分の姿を通じて伝えたいことがあったからなんですね。

「なにか言葉で伝えるというよりは、自分の働いていく姿勢だったり、生きていく姿で伝えられたらなと。努力しているところを見せたくない人もいると思うけど、自分は惨めでもそこは見ていてほしいなと思います」

■「嫌だよ」と伝えること。「ごめんね」と言えることが大事
――セクシュアルマイノリティに対する理解は進んできた面もありますが、まだまだ人によって反応や受容度は様々です。理解が難しいという人に伝えたいことはありますか。

「自分はわからないままでいいと思っていて。ただこの人はそういうものを持っているんだということを知ってくれれば、それでいい。そのうえで『そういうこともあるんだね』の一言があれば、すごくいい世界になるんじゃないかなって」

――理解できないものを攻撃したり排除しようとしてしまうのは、未知への恐怖なんでしょうか。

「恐怖だと思います。自分もわからないことはあるし、受け入れられないものもある。そういう自分の中にないものに直面した時、人は逃げるじゃないですか。そして、逃げることができない人が攻撃にまわるんです。珍しいものや新しく出てきたものに対して、まず攻撃する人って結構多くて。それは時間しか解決できないのかなと思います」

――決して自分を脅かすものではないんですけどね。

「セクシュアルマイノリティの人って、気づいていないだけで、実は身近にいると思うんです。もしかしたら攻撃している人の子どもや大切な人がそうかもしれない。そう考えたら、きっともっと温かい世界になるんじゃないかなと思います」

――一方で、理解や尊重もしたいと思っている。だけど、当事者じゃないからこそ、自分の不用意な発言や態度が相手を傷つけてしまうのではないかと心を痛めている人も多い気がします。そういう人にはどんなことを伝えたいですか。

「そういう人ってすごく優しい人なんですよね。だからこそ辛いのは『傷つけてしまうから近づくのをやめよう』とされることなんです。なにか不用意な言葉を投げかけられた時、相手に悪意がないのであれば、マイノリティ側も一言『それは嫌だよ』と伝えればいい。それに対して『ごめんね』と言ってもらえたら、自分はその会話だけでいいんです。

相手が歩み寄ってくれるなら、マイノリティ側も歩み寄らないといけないなと思っていて。相手が優しさを持って接してくれるなら、当事者側も許す気持ちを持つことが大事。それができれば、当事者とそうじゃない人の距離感はどんどん縮んでいく気がします」

■これからは男性と同じ土俵で戦いたい
――フォトエッセイを読ませてもらいましたが、ひとつひとつの言葉がすごく鋭くて。でも、今日の中山さんはすごく晴れやかな顔をしているので、ちょっとびっくりしました。

「あの文章は、公表するまでの1か月の間に、悩んでいる気持ちを吐き出す場所がなくて、ずっと携帯にその時感じた苦しさをメモしていて。そのメモの中から選んでつくったものなので、自分でもちょっとびっくりするぐらい、いまの自分とは違いますね。でも自分で読み返してみて、あの時の自分も一生懸命生きていたんだなと感じています」

――“ジェンダーレス女子”として扱われていたころの自分に、いまの自分から声をかけるならなんと言ってあげたいですか。

「恐れないでいいよって。ずっと蓋をしていたぶん、すごく落ち込む時期もあるけど、ちゃんと受け入れられる日が来るからねって。長い間、心に蓋をしていた重みがどこかで発散できたらいいなって言ってあげたいです」

――これからは男性として生きていくと宣言されています。どんなことがやりたいですか。

「いままで女性の役をいただくたびに、せっかくお仕事をいただいているのにポジティブになれない自分がいたんですね。だからこれからはどんどん男性の役をやっていきたい。シスジェンダーの男性俳優と一緒に並んで、同じ土俵で戦わせていただきたいなと思っています」

――そこにトランスジェンダーであることは持ち込みたくない、と。

「はい。トランスジェンダーの人の一番の悩みがそこにあって。いまは“元女性”だという見られ方をされるのは仕方ないと思うんです。だけど、いつかそこを取り払えたらいいなと思います」

■正しさは人によって違う。必要なのは、優しさだと思う
――声もずいぶん低くなりましたが、いまの声は好きですか。

「いまのほうが好きですね。もともと歌が好きだったので、それこそ声変わりする前はMISIAとかSuperflyとか高音の歌を歌っていたんですけど、自分の喉から出る女性の声にどうしても違和感があって。歌手デビューの話をいただいたこともあったんですけど、そのたびに声が出なくなるくらい積極的になれなくて。歌うのは好きだけど、聴いてほしくないという心境だったんですね。でも、いまは歌うのがすごく楽しい。歌のお仕事もどんどんやっていきたいし、アニメも好きなので声の仕事もやってみたいです」

――楽しいことがいっぱい待っていますね。

「前よりも仕事に前向きになれました。例えばファッションでも、いままでは夏でも長袖を着ていたんですが、今年の夏は半袖ばっかり着ているんですね。それに気づいた時に、自分は好きで着ていたと思っていたけど、体格を隠すためにそういう服を選んでいただけだったんだなってわかって。

髪型もずっと前髪を下ろしているスタイルが多かったんですけど、最近はセンター分けばっかりで。あ、これも顔を出したくないから隠していたんだなって、いまになって発覚しました(笑)」

――中山さんがいま、笑顔なのがすごくうれしいです。

「自分もすごく楽しいです」

――「一人でも幸せだと思える人が増えるように」とフォトエッセイでも綴っていました。そんな世界を築き上げるために必要なことってなんだと思いますか。

「やっぱり優しさを持って他人に接すること、相手の気持ちを考えることだと思います。こういう道徳的なことって昔から言われてはいたけど、実践するのはすごく難しい。ちゃんと『ありがとう』『ごめんなさい』と言えること。それをみんなが当たり前にできるようになるだけで、もっとあったかい世界になる気がします」

――優しさと正しさ、どちらが大事なんだろうとよく考えます。

「正しさって人によって違うんですよね。自分の中にある定規ってみんな形もサイズもバラバラで、ぴったり合う人って一人もいないと思うんですよ。でも、それでいいと思っていて。そうやってみんなが違うものを持っているということがわかればいいなと思います」

――じゃあ最後にもう一つ聞かせてください。いまの自分は好きですか。

「好きです。20年生きて、やっとちゃんと愛せるようになりました。前よりも生きているのが楽しくなったし、趣味も増えた。いままではずっと家にいることが多かったんですけど、最近は外に出たくなりました(笑)」

取材・文/横川良明