現在開催中の第34回東京国際映画祭で、昨年に引き続き開催されている「トークシリーズ@アジア交流ラウンジ」。東京国際映画祭と国際交流基金アジアセンターの共催のもと、アジアをはじめとした世界を代表する映画人と、日本の第一線で活躍する映画人が様々なテーマでトークを展開していく。

11月1日に行われた第2回では、本企画の発案者で検討チームの一員である是枝裕和監督が登壇し、『DUNE/デューン 砂の惑星』(公開中)でハリウッド大作デビューを果たした台湾の名優チャン・チェンがオンライン参加。チェンがこれまでタッグを組んできた台湾を代表する3人の巨匠、エドワード・ヤン監督とウォン・カーウァイ監督、ホウ・シャオシェン監督とのエピソードについて語り合った。

1976年に台北で生まれたチャン・チェンは、エドワード・ヤン監督の『牯嶺街少年殺人事件』(91)で俳優デビューを果たし、以後ウォン・カーウァイ監督の『ブエノスアイレス』(97)やアン・リー監督の『グリーン・デスティニー』(00)、ジョン・ウー監督の「レッドクリフ」シリーズなど、アジアの名だたる監督の作品に相次いで出演。また、行定勲監督の『遠くの空に消えた』(07)や上田義彦監督の『椿の庭』(21)など日本映画にも出演し、まさにアジアを股にかけて活躍を続けている。

なお、イベント序盤はオンライン参加であるチャン・チェン側の回線に不具合が生じたことから、たびたびコメントが途切れるハプニングに見舞われた。冒頭の挨拶では是枝監督が『万引き家族』(17)で第71回カンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞した際に、審査員として参加していたチェンと授賞式後のパーティで立ち話をしたエピソードや、同じく審査員としてドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が参加していたことがきっかけとなり『DUNE/デューン 砂の惑星』の出演につながったことなどが明かされていく。

そしてチャンは『牯嶺街少年殺人事件』が上映された第4回東京国際映画祭が初めて参加した国際映画祭だったという日本との縁を語ると、「当時のことはあまり覚えてはいないのですが、映画祭後に東京ディズニーランドに行ったことは覚えています」と笑顔で振り返り、近年再評価が急速に進んでいる同作の撮影時を回想。エドワード・ヤン監督からかなり厳しい演技指導を受けたことに触れ、「いま大人になって思い出すと、監督はリアルな反応を撮りたかったのだと感じます」と、早逝の天才監督に思いを馳せていた。

ここからは、イベント中盤以降のトークの模様をお届けしていきたい。

■「CDを聴きながら役をイメージする」

是枝「チャン・チェンさんは、ウォン・カーウァイ監督の映画も何度も経験されていると思います。よく話に聞くのは、当日までなにがあるのか、現場に行ってみないとわからないということ。とても新鮮で刺激的な経験になる方と、あまりそう思わない方に分かれると思いますが、チャン・チェンさんはどのように感じられましたか?」

チャン「私がカーウァイ監督の作品に初めて参加したのは『ブエノスアイレス』で、私がアルゼンチンに行って参加したのは撮影が始まって4ヶ月から5ヶ月ぐらい経ってのことでした。現地に到着して監督とお会いすると、1枚のCDを渡されました。聴いてみろと言われ、役柄について教えてもらいました。そのCDを聴きながら役をイメージするためです。それまでエドワード・ヤン監督としか仕事をしていなかったので、このような監督に出会ったのは初めてでした。ヤン監督は脚本から入り、そのなかにある台詞を一切変えてはいけないスタイルで、あらかじめ決められているものを俳優が理解していくのです。なので、カーウァイ監督のように自分でキャラクターを想像しながら作っていくことは初めてで、とても慣れないものでした。

カーウァイ監督と長くお仕事をしていると、だんだん彼の仕事のテンポが好きになっていきます。彼は役者に対して不必要なことはさせないし、惑わせるようなこともしない。役者の状態を常に理解しながら的確に役者を使っていく監督という印象です。そして現場でなにが起こるかわからない、自由なおもしろさもあります。私は是枝監督とまだお仕事をしたことがないのですが、監督はどのような演出をされるのでしょうか?」

是枝「僕は意外と役者に合わせるタイプなんです。その人がどういうアプローチを好むだろうかとか、どちらの方がより良いお芝居を引き出せるだろうか観察して、情報をたくさん与える時もあれば、現場で一緒に探していくときもあります。意外と僕には型がないものですから、(チャン・チェンさんに)合わせますよ(笑)」


■「すべてをコントロールできる反面、なにが撮られているのかわからない」
是枝「ホウ・シャオシェン監督のこともお伺いしたいです。チャン・チェンさんが最初に出演されたのは『百年恋歌』。何度観返しても本当に、すべてがすばらしい。ホウさんの演出は、エドワード・ヤン監督やウォン・カーウァイ監督とは違うと思いますが、どのような特徴がありましたか?」

チャン「ある意味で、ホウ監督とのお仕事もこれまでの経験をゼロに戻して再構築する作業が必要でした。彼はカメラをどこに置いているのかわからない。だからいつ撮り始められているのかこちらは理解ができないのです。そしてやはり脚本がなく、『百年恋歌』の時は3つのストーリーのあらすじを書いた紙を1枚渡され、それを理解した上で撮影が進められていきました。もうひとつの特徴として、照明を使わないということもあります。たとえば『おしゃべりをしてください』と言われても、その内容は自分で考えなければならず、その状況に自分を置いて話をする。役者自身がすべてをコントロールできる反面、なにがいつどこで撮られているのかわからない状況というのは慣れないものがあります。

『百年恋歌』のビリヤード場のエピソードは、3つあるエピソードの最初でしたが、実際は最後に撮ったものでした。もうその時にはどういうテンポで撮っていくのかを理解した上だったので、非常にスムーズでした。ホウ監督との仕事で一番大変だったのは、監督がはっきりとNGの理由を教えてくれないことです。シーンによっては数十テイクを撮ることもあるけど、どこがダメだったのかは自分で考えないといけない。自分のやり方は間違っていないという固定観念を持って臨むとうまくいかないのです」

是枝「いまの話を聞いて思い出したのが、その最初のエピソードで再会した2人がタバコを吸って表に出て、暗闇のなかで屋台でなにかを食べている。2人ともなにも語らずにただ並んで食べているのがすごく好きで、この後どうなるのかとハラハラしながら観ました。あれは何テイク撮ったのでしょう?」」

チャン「あのシーンはすごく早かったです。というのも、ホウ監督の現場では食事のシーンでは本当に食事をします。あのシーンで食べていたのはつみれが入ったスープみたいなものなんですが、食事をする時間の間に撮るということになって、すごく早く撮り終わりました」

是枝「以前台湾に行った時に、ビリヤード場のシーンと屋台のシーンが裏表にデザインされたチケットホルダーがグッズで売ってて、うれしくて買ったんです。表にはホウさんにサインしてもらったので、今度会ったら裏側にサインしてね(笑)」

■「心の希望になる映画を作っていくのが、あるべき姿」
是枝「最後に、当時エドワード・ヤン監督らの作品に携わったスタッフやキャストの方々がいまの台湾映画を引っ張っている。その1人であるチャン・チェンさんは、いまの台湾映画をどのようにご覧になっていて、どのような未来像を考えておりますか?」

チャン「映画は、スタッフはもちろん観客の方々にどのように伝えていけるか。そのためには色々な要素があって、多様なジャンルの映画を作っていけることが理想的だと思います。特に最近は好みが多様化している。さまざまな世代の方々が映画を通して繋がっていく、心の希望になるものを作っていくのがあるべき姿だと感じています。映画は奇妙なもので、観た人の一生に影響を与えたり、時に人生や考え方すべてを変えるものでもあります。いまはネット配信などで見方がどんどん変わっていくと言われていますが、それでも映画そのものに詰まっているものは変わっていくことはないと信じております」

取材・文/久保田 和馬