累計発行部数840万部突破のよしながふみによる人気コミックを、西島秀俊と内野聖陽のダブル主演でドラマ化した「きのう何食べた?」。料理上手な弁護士、筧史朗(通称、シロさん)と、その同居相手である美容師の矢吹賢二(通称、ケンジ)が織りなす日々の光景を“食”を通して描いて大ヒットした本作が、今度は劇場版『きのう何食べた?』(公開中)となってスクリーンに帰ってきた!ここでは、ドラマシリーズから劇場版までに登場した印象的な名セリフの数々をピックアップ。各シーンを振り返りながら、心に沁みる感動をかみしめたい。

■「人生の喜びってのはさ、ほころびから生まれたりするものなんだよ」(矢吹賢二)

第1話で、史朗と賢二が一緒にアイスクリームを食べている時に登場したセリフ。ハーゲンダッツのアイスを夜遅くに食べることに対して「金も体型維持も、一瞬の気のゆるみが破綻を招く」と批判する、倹約家(ケチ)でストイックな史朗と、「破綻って…。シロさん、人生の喜びってのはさ、ほころびから生まれたりするものなんだよ」と、苦笑まじりに応える賢二。2人の対照的なキャラクターがくっきりと浮かび上がるやりとりだ。「幸せ〜」が口グセの賢二は、ささやかな日常のなかに「人生の喜び」を見つける達人。几帳面すぎて、ともすると味気なくなりがちな史朗の生活に、光と潤いを与えてくれる大切な存在なのだ。

■「いつもどおり一緒にごはんを食べられているだけで、ありがたいわ」(筧久栄)

ドラマ開始時、史朗は45歳(賢二は43歳)。高齢の親の健康が心配になる年代で、劇中では史朗の父親、悟朗に食道ガンが見つかってしまう。第4話で、悟朗は大がかりな手術を受けるが、無事に退院。その後のクリスマスの夜、史朗は母親の久栄と電話で話をする。「どう、お父さん、飯は食えてるの?」と聞く史朗に、「まだ流動食だけど、大丈夫よ。元気は元気だから。いつもどおり一緒にごはんを食べられているだけで、ありがたいわ」と久栄。史朗はその言葉に「そうだね」とうなずく。一緒にごはんを食べられる―当たり前すぎて、普段はついつい忘れがちなことの尊さに気づかせてくれる言葉だ。

■「別れないための努力を惜しまないって、素敵よ」(富永佳代子)

史朗とは、特売品やいただきものを分け合う仲の主婦、富永佳代子。史朗がゲイであることを知っており、史朗が賢二や家族に関する愚痴を素直に言える貴重な相手だ。大量の桃を分け合った第8話では、「この桃だって、ケンジを喜ばせたくて買ったわけでしょ?」と聞く佳代子に、史朗は「いや、それは、そういう努力をしないと簡単に切れる関係だからですよ。結婚とか、簡単に別れられない社会的な契約も責任もなにもないですからね、俺たちは」と理屈っぽく説明。そこで佳代子は「でもね、別れないための努力を惜しまないって、素敵よ」と言い、史朗をハッとさせる。

お互いに“別れないための努力”を惜しまずにできるかどうか。正反対の性格ゆえに衝突も多い史朗と賢二だが、譲り合ったり、許し合ったりしながら、絆を深めていく姿には見習うべきところが多い。

■「許すなんて、そう簡単にできることじゃないんだから」(三宅玲子)

ラブストーリーとしても秀逸な本作。第10話で、賢二が働くヘアサロンのオーナー、三宅祐の妻、玲子が、賢二にそっとささやく「ケンちゃん、大事な人に絶対に浮気なんかされちゃダメよ。許すなんて、そう簡単にできることじゃないんだから」という言葉は強烈だ。

賢二は、実は祐が店の客と浮気中であることを知っているだけに、なにもかもお見通しの玲子の言葉が胸に突き刺さる。人間は自分を裏切った相手をそう簡単に許せない生き物。だからこそ、たとえ相手の浮気が軽い気持ちだったとしても、それが自分たちの別れにつながってしまう可能性がある。浮気に対する恐れは、単に嫉妬心や独占欲だけが理由ではないのだという視点が深い。この後、史朗がゲイの友人である小日向と浮気してしまうのではないか、という不安を賢二が史朗に泣きながらぶちまけるクライマックスの名シーンも必見だ。

■「なに言ってんだ。死ぬなんて、そんな…そんなこと言うもんじゃない」(筧史朗)

第12話で、史朗は「いま、俺が、両親が思っているよりも不幸じゃないってこと、分かってほしくて」という切実な思いから、正月に賢二を連れて実家に帰る。その帰り道、「夢みたい。恋人の実家に遊びに行って、親御さんとごはん食べる日が来るなんて。だって、俺には、そんな日が来るなんて、永久にないって思ってたもん。もう、俺ここで死んでもいい」と泣く賢二に、史朗は「なに言ってんだ。死ぬなんて、そんな…そんなこと言うもんじゃない。食うもん、油と糖分控えてさ、薄味にして、腹八分目で、長生きしようね、俺たち」と言って、賢二の肩をやさしく抱き寄せる。

一見、“食”をテーマにした本作らしいユーモアのあるセリフだが、「死ぬなんて言うな」、「共に長生きしよう」という言葉は、もうこれ以上ないほどの愛の告白ではないだろうか。人生の折り返し地点を過ぎた主人公たちにとって、老いた親のことも含め、死は決して遠くにあるものではない。「死ぬなんて軽々しく口にするな」というセリフは劇場版のなかにも幾度となく登場し、そのたびに2人の愛が深まっていることを感じさせてくれる。

■「なんか歳とったら、変わった。この年になるとね、なんか、もう全部愛おしいの」(三谷まみ)

正月スペシャル2020の冒頭、史朗と賢二が、高級焼肉店で小日向とそのパートナーの航カップルと会食中、サプライズで現れたのは、史朗が昔から憧れている女優の三谷まみ。彼女は、いままでずっと避けてきた母親役に初めて挑戦した心境について、「なんか歳とったら、変わった。この歳になるとね、なんか、もう全部愛おしいの。それに私は私の母親を見てきているから、なんかやっぱり分かるのね。あ、あの時の母親、いまの私と同い年なんだって気づいちゃったりして。私、愛されてたんだなぁって。そうしたら、なんか母親役もできそうな気がしてきたの。歳とるって、悪くないですよね」と語り、史朗をおおいに感動させる。

エイジングは本シリーズにとって重要なテーマの一つ。歳をとることに対して、どうしてもネガティブなイメージばかりが強くなりがちだが、エレガントな三谷まみのセリフを通して、歳を重ねることは精神的な成熟をもたらしてくれるのだと改めて気づかされる。

■「うまいもん食べた時に、それをまた一緒に食べたい、食べさせてあげたいと思う人が心の中にいる人間は、なにがあっても、やり直せます」(筧史朗)

これぞ「きのう何食べた?」の真髄!と言いたくなる史朗のセリフは、正月スペシャル2020の劇中、弁護士事務所で打ち合わせをする史朗と依頼人である藤沢印刷の社長が、出前のうな重を食べるシーンに登場する。

藤沢は経営する会社が事業不振に陥り、愛する家族に迷惑をかけないためにと、妻と離婚したばかり。遠慮がちに、うなぎを食べながら「やっぱり、うまいなぁ。なんだかんだ、食べてしまう。人間っていうのは、ダメなもんですね」と泣く彼に、史朗は「いいじゃないですか。うまいもんが目の前にあれば、食いますよ。それに、うまいもん食べた時に、それをまた一緒に食べたい、食べさせてあげたいと思う人が心の中にいる人間は、なにがあっても、やり直せます」と言って励ます。どんな人も勇気づけてくれる温かく力強い言葉だ。

■「誰かのうれしいことってのは、やっぱうれしいじゃない」(矢吹賢二)

最後に、劇場版から紹介するのは賢二によるこのセリフ。史朗と賢二の家で、小日向と航と共に4人で食事をしている最中、佳代子の娘に子どもができたという知らせを聞いて、賢二は喜びを露わにする。一方、自分たちゲイは子どもを持つことができない、でも、子どもがいなくたって本人たちが幸せならそれでいいじゃないか、と複雑な思いを抱く航は素直に喜ぶことができない。そして、賢二はそんな航の気持ちも理解しつつ、「分かんないけどさ…。誰かのうれしいことってのは、やっぱうれしいじゃない」と言う。

人の幸せを我が事のように喜び、人の不幸を悲しむことができるのは、賢二の大きな魅力。愛情深くて、本当にやさしい彼のキャラクターがよく出ている名セリフに胸が熱くなる。

人生、愛、命、親子、友情、仕事など、あらゆるテーマを内包したハートウォーミングドラマ「きのう何食べた?」は、多くの人の心に響く名言の宝庫。個性豊かなキャラクターたちによる名セリフの数々は、これからのあなたの人生にもヒントを与えてくれるはず!

文/石塚圭子