「ロード・オブ・ザ・リング」&「ホビット」三部作などで知られるピーター・ジャクソン監督が、途方もない音楽ドキュメンタリーを作り上げた。解散から40年を経てもなお色褪せることのない伝説のロックバンド、ザ・ビートルズの「ゲット・バック・セッション」を描いた『ザ・ビートルズ:Get Back』(ディズニープラスにて配信中)である。

■『ロード・オブ・ザ・リング』の監督が描く、総尺7時間半の濃密ドキュメンタリー

なにが途方もないかって、まずはボリュームがスゴい。「ゲット・バック・セッション」とは、すでに解散が噂されていたザ・ビートルズのメンバー、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリソン、リンゴ・スターの4人が1969年1月に集合して、バンドを再起動させようと試みた1か月間のセッションのことだ。

当初の構想では、2週間でニューアルバム分の新曲を完成させ、ザ・ビートルズとしてはおよそ2年4か月ぶりにライブ演奏を披露するテレビ特番を収録するはずだった。そして映像パートの監督としてマイケル・リンゼイ=ホッグが雇われ、ほとんど一部始終がドキュメンタリー映像として記録されていた。

紆余曲折があってテレビ特番は取り止めになり、1969年の1月30日、ザ・ビートルズは自分たちが設立した会社アップル・コアのビル屋上でゲリラライブを行う。ザ・ビートルズの楽曲をベースにしたミュージカル映画『アクロス・ザ・ユニバース』(07)を筆頭に、屋上でバンド演奏するあらゆる映像は、この時の屋上ライブのオマージュがパロディと言っていい。そしてこの日の屋上ライブが、4人が人前でそろって演奏した最後の機会になった。

ホッグは、この時の映像を80分ほどの映画『レット・イット・ビー』(70)としてまとめ、1970年8月に日本でも劇場公開されている。しかしジャクソンは、この時にホッグが撮影していた55時間以上の未発表映像と、150時間もの未発表音源を丹念にデジタル修復して、まったく別のドキュメンタリーを完成させてしまった。三部構成になっており、全編を通して観ると7時間半を超える。だが「長すぎる!」と思うなかれ。これが退屈など無縁の、お宝映像を満載した超濃密な作品に仕上がっているのである。


■これまでの定説を覆す!ザ・ビートルズ解散前の真実の姿

前述したように、1969年当時のザ・ビートルズはすでにファンを前にライブコンサートをしなくなっており、スタジオにこもって傑作アルバムを連発した時期も過ぎ、それぞれの方向性が食い違うようになっていた。「ゲット・バック・セッション」のあともバンドは存続し、同年9月にはニューアルバム「アビイ・ロード」をリリース。さらに翌1970年には「ゲット・バック・セッション」の音源を元にしたラストアルバム「レット・イット・ビー」を発表している。

しかし、セッション後ほどなくして解散へと突き進んでいったことから、「ゲット・バック・セッション」や映画『レット・イット・ビー』は、バンド崩壊の記録として語られるようになってしまった。実際、セッション途中にジョージはバンド脱退を宣言し、残りのメンバーの説得に応じるまでスタジオから姿を消している。長年の活動によって蓄積された鬱屈が爆発したとも言えるが、すでにバンドとしての一枚岩の結束は失われていたのだろう。

ところが、である。『ザ・ビートルズ:Get Back』は、運命共同体として生きた4人のミュージシャンが、バンド末期においてもなおクリエイティビティにあふれ、大いに笑い、チームワークを失うことなく演奏や作曲を楽しんでいた様子を映しだしている。まだ産声を上げたばかりの曲の原型が、やがて誰もが知る歴史的名曲として完成されていくプロセスは全音楽ファン必見だろう。とりわけ、“5人目のビートルズ”とも言われたキーボード奏者のビリー・プレストンが途中から参加したことで、停滞していた演奏が息を吹き返す瞬間は、音楽映画史上に残る名シーンとして今後も語り継がれるに違いない。

実際のところ、ホッグの『レット・イット・ビー』には当時の事情や様々な制約があって、語るべき物語が見えてこない冗長さがあることは否めない。しかしジャクソンは、「ゲット・バック・セッション」には7時間半かけて語るべき物語と、すばらしい音楽が詰まっていたことを、ほぼ40年ぶりに証明してみせた。もちろん、ジョージの脱退騒ぎに象徴される負の側面も描いているのだが、むしろ山あり谷ありだからこそ最高におもしろいドラマが生まれているのだ。

そしてクライマックスを飾るのが、今回初めてノーカットで観ることができる「屋上コンサート」。セッション時にも十分に伝わってくるが、彼らがいかに卓越したミュージシャンであるか、そしてザ・ビートルズが一緒に演奏することで生まれるマジックが、終盤の40分間に凝縮されていると言っても過言ではない。


■『ザ・ビートルズ:Get Back』をさらに楽しむための3本のドキュメンタリー

『ザ・ビートルズ:Get Back』の7時間半だけでもうお腹いっぱいと思われるかも知れないが、ザ・ビートルズには優れた音楽ドキュメンタリーがほかにも多数存在している。特に本作の理解の助けになる作品を、数本だけ紹介しておきたい。

『ザ・ビートルズ〜EIGHT DAYS A WEEK ‐ The Touring Years』(16)は、『アポロ13』(95)や『ダ・ヴィンチ・コード』(16)のロン・ハワード監督が手掛けた、ライブバンドとしてのザ・ビートルズの歴史を追ったドキュメンタリー。イングランドの地方都市、リヴァプールの若者4人がいかにして世界最大のロックバンドに成長し、そしてポップスターの狂騒に疲れて、ライブコンサートから遠ざかっていったのかが、時系列を追ってまとめられている。

『ザ・ビートルズ:Get Back』では、すでに人気の絶頂期とアーティストとしての全盛期を極めたあとの4人が登場するが、「ゲット・バック・セッション」に至るまでの足跡をおさらいするために最適な作品になっている。

そして「ゲット・バック・セッション」でも大きな山場となった、ハリスンの脱退騒ぎの背景を知るために必見なのが、巨匠マーティン・スコセッシ監督による伝記ドキュメンタリー『ジョージ・ハリスン リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』(11)だ。

ザ・ビートルズの楽曲の大半はジョン・レノンとポール・マッカートニーの共作名義になっており、2人はティーンエイジャーの頃から二人三脚で膨大な曲を生みだしてきた。バンド内では最年少のジョージにとって、ジョンとポールは背中を追いかける存在であり、やがて自らも作曲を手掛け、独自の音楽を探求するようになった彼が、バンド内で孤立を感じる一因にもなっていった。

このドキュメンタリーを観ることで、『ザ・ビートルズ:Get Back』で見られるポールとジョージのぶつかり合いがただの不仲やケンカではない、アーティストとしての成長の物語であることはわかるはずだ。

もちろん、ホッグの『レット・イット・ビー』も、『ザ・ビートルズ:Get Back』が生まれる起点となった貴重な作品。ぜひ両作の違いを見比べて、ビートルズ伝説が内包する複雑なレイヤーを味わい、楽しんでほしいものである。

文/村山章